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平安時代編第十六話 : 晴れやかな空の下で

小鳥のさえずりと、澄んだ朝の光が差し込む部屋の中で、景行はゆっくりと瞼を開けた。

柔らかい布団の感触。

天井の木目。

昨晩のあの地獄のような死闘、異形の物怪どもが渦巻く狂乱の夜が、まるで遠い昔の夢であったかのような、あまりにも静かで穏やかな朝だった。


(……生きているのか、俺は……)


四肢に意識を向け、ゆっくりと指先を動かしてみる。

自分の体に感覚があること自体、今でも俄かには信じがたかった。

しかし、安堵したのも束の間――身じろぎした瞬間に、全身の皮膚、筋肉、骨の節々から一斉に強烈な激痛が走り抜けた。


「……ぐっ、あ……っ!?」


激しい痛みに苦悶の声を漏らし、脂汗が滲む。

だが、この耐えがたい激痛こそが、己が生き伸びたという何よりの現実の証だった。

景行は喘ぎながらも激痛に耐え、己の刀を杖代わりにしながら、軋む体を無理やり引きずって縁側へと出た。

重い障子を開けたその先には、眩しい朝日に照らされた縁側に腰掛け、親しげに笑い合う二人――命を賭けて守り通した主人と、命を救ってくれた友の姿があった。


「お! 起きたか、景行!」


気付いた蒼が、何事もなかったかのようにあっけらかんとした声を上げる。

昨晩の命懸けの死闘など初めから存在しなかったのではないかと思わせるほどの、爽やかすぎる笑顔だった。


「ほら、言いましたでしょう? 景行であればあの程度の怪我、一晩もあれば必ず回復しますって」


葵が誇らしげに胸を張り、眩しい笑顔で蒼に答える。


「いや、普通なら昏睡状態どころか死んでてもおかしくなかったと思うけど……やっぱりこの時代の武士って人間超えてるな……」


蒼が呆れたように苦笑し、葵も楽しそうに鈴を転がすような声で笑う。

並んで縁側に腰掛け、肩が触れ合いそうなほど近くで楽しげに談笑する二人。

そのあまりの距離の近さに、景行の眉間がピクリと跳ね上がった。

武芸者としての冷静さを取り戻し、景行は少し不機嫌そうに喉を鳴らす。


「……少し、葵様との距離が近すぎるのではないか、蒼」

「え? あ、ゴメン……ん? 『蒼』……?」


呼び捨てにされたことに一瞬目を丸くした蒼だったが、すぐに「まあいいか」と苦笑いして頭をかいた。

これまで頑なに「東雲」と呼び、一線を画していた景行の変化を、彼なりに受け入れた証でもあった。


しかし、景行の指摘に対しても当の葵は意に介す様子もなく、頬を桜色に染めながら目を輝かせて捲し立てた。


「景行! 蒼様のいた未来の世界では、身分の差など一切関係なく、互いを好きになった者同士が友人にも、恋仲にもなってよい場所だったそうですよ! ……素敵だと思いませんか!?」

「あ……いえ、しかし……」


葵のあまりの勢いに圧倒され、景行はタジタジになりながら必死に言葉を紡ぐ。


「しかし、いくらなんでも節度を持った距離感と言いますか……護衛の忍びと、藤原の姫君の距離感としては、さすがに不適切かと……」

「あら? 護衛の忍びとは、一体どなたのことでしょう?」


葵が首を傾げ、悪戯っぽく意地悪な笑みを浮かべた。 蒼が『俺は藤原の本家から派遣されてきた忍び!』と以前咄嗟についた嘘を引いた意地悪に、今度は蒼の方が「ぶふっ」と肩を揺らした。


「う……それは……」


言葉に詰まる景行を見て、蒼が参ったというような顔で苦笑し、二人の間に割って入った。


「まあまあ、景行もまだ全身傷だらけで大分疲れてるんだから、あんまりいじめてやるなよ、葵」

「葵……? なんだその呼び方は! 『様』をつけろと、この前も言ったはずだぞ!」


景行がすかさず目くじらを立てて怒鳴り散らすが、葵は澄ました顔でくすりと微笑んだ。


「私がそのように呼んでほしいと頼んだのです。……蒼様は、特別ですから」


そう言って、葵は愛おしそうに蒼の横顔を見つめ、隠すこともなく素直な好意をその瞳に宿していた。


「あ……葵様……」


死線を潜り抜け、命拾いをしたはずだった。

村の危機も去り、世界は平和を取り戻したはずだった。

しかし、目の前で繰り広げられる甘い空気と、主人のあからさまな態度に、景行は全身の激痛も忘れて深く、深く頭を抱え込むのだった。


青く澄み渡る平安の朝空の下、武士の溜息が虚しく響き渡っていた。


景行が頭を抱えて自室へと引き上げ、葵が朝食の支度へ向かったのを見届けると、蒼はほっと胸を撫で下ろし、縁側の端で左腕のKギアにそっと触れた。


「さて、感想戦といきますか、Karen」

『はい、マスター。お疲れ様でした』


脳内に直接、Karenの透き通った声が響く。


「まずは現在の《蒼龍》の状態から教えてくれ」

『了解です。昨夜の戦闘における流体思考フレームへのダメージはほぼ皆無。景行様が群れの三分の一を削っておいてくださったおかげですね。現在の復旧率は【92%】。ほぼすべての兵装が問題なく即時使用可能です』


「いやいや、我ながら今まででもトップクラスの戦いだったと思ってるよ! 未来じゃドデカいゼノフォームに最後の一撃を担当するみたいな任務が多かったからさ、一対多の無双戦ってあんなに気持ちいいんだな!」


蒼はテンション高めに自画自賛してみせたが、Karenの返答は極めて冷静、かつ冷ややかだった。


『……しかしながら。今後補給が一切不可能という現状を鑑みるに、極めて無駄の多い戦いではありました。最後の大型目標相手にわざわざレールガンを使用する必要性は皆無でしたし、何より装甲展開時の過剰なイナズマと演出は、エネルギー効率の観点から言っても明白な浪費です』

「うっ……。レールガンを使ったのはちょっと雰囲気に酔いしれてやりすぎたかもだけど……でも変身のあのド派手な演出は、俺のせいじゃなくないか!?」


『私はマスターの深層意識から「こうなりたい」という願望を正確に察知し、実行したまでですが?』

「AIなら非効率的だと思った時点で抑制しろよ!」

『……そこは私もマスターと同じです。久しぶりの実戦でつい胸が躍り、やりすぎてしまいました』


「なんだそれ! ポンコツAIめ!」

『ポンコツは言い過ぎです。マスターこそ、もう少し自制されたらいかがですか? 先ほども葵様に話しかけられている間中、鼻の下がずーっと伸び切っていましたよ。バディAIとして見ていてこちらが恥ずかしくなりました』


「うそっ!? 伸びてた!?」

『はい、思いっきり。大体マスターは、そういった異性との関わり方についてもう少し気を配られた方がよろしいかと思います。……ご自分でプログラミングしたバディAIに、未練たらたらで元カノの名前をつけるような気持ち悪い感性の持ち主なんですから』

「――それ以上言うなぁぁぁっ!!」


真っ赤になった蒼は、叫ぶと同時に強引にKギアの音声機能をOFFに叩き込んだ。

途端に言葉を封じられた左腕のデバイスが、怒りを抗議するようにブルブルと不機嫌そうにやかましく振動し始める。


「あー……危ない危ない、口の減らないAIめ……」


額の汗を拭いながら、蒼はふっと息を吐いた。

ふと屋敷の方を見やれば、全身に包帯を巻き、こちらを「葵様との距離感」について未だに不服そうな不機嫌顔で睨みつけてくる相棒・景行の姿。

そして厨房からは、割烹着代わりに手ぬぐいを結び、どこか楽しそうに朝食の湯気を立てている麗しい姫君・葵の姿が見える。


見知らぬ平安の世。

自分たちが元の時代へと戻れる術があるのかどうか、それはまだ誰にも分からない。

けれど――。


(……まあ、案外悪くないかもな)


左腕でブルブルと震え続ける口うるさいAI。

頑固で不機嫌な相棒。

そして、自分をまっすぐに見つめてくれる可憐な姫。


どこまでも高く、どこまでも青く澄み渡る平安の朝空を仰ぎながら、東雲蒼は晴れやかな笑顔を浮かべるのだった。



百鬼夜行の後日談ということで、久しぶりに力を抜いて書けた回でした。


景行が「東雲」ではなく「蒼」と呼ぶようになったり、葵がもう好意を隠そうとしなくなったり。決戦を乗り越えたからこそ変わった三人の空気感を書くのがとても楽しかったです。


百鬼夜行編は終わりましたが、

新たな出会い、新たな事件、そして物語の核心へ繋がる伏線も少しずつ動き始めます。


次回も、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

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