平安時代編第十四話 : 蒼龍、月下に還る
「……なんか変身って、こんな派手だったっけ? 久しぶりで俺が忘れてるだけ?」
高出力リアクターの重低音が静まる中、蒼はバイザーの内側で少し引きつった苦笑いを浮かべた。
『私も久しぶりでしたので、少し演出を盛ってしまいました。観客もいらっしゃることですし、張り切ってしまったみたいです』
脳内に響くのは、相変わらずAIらしからぬことをあっけらかんと言ってのけるKarenの声。
だが、この調子が今の蒼にはたまらなく心地よかった。
命をかけた死地にあっても、彼女の軽口が蒼の胸の重荷をすっとほどいてくれる。
「頼むよまったく……。Karen、敵の残存数は?」
『小型の物怪が残り130。大型目標が、先ほどの4体を含めて合計5体検出されます』
「……ってことは、景行のやつ、生身で60体以上も倒したってことかよ。すげえな……」
『冗談抜きで驚嘆に値します。ケイゼル装着時と同等レベルの戦果です。この時代の武士が皆こうなのか、景行様が規格外なのか……』
「東雲……なのか……?」
後ろから、掠れた景行の声が届く。
蒼は振り返らず、可動装甲の隙間から蒼い光粒子を揺らめかせながら不敵に告げた。
「ああ。色々黙ってて悪かったけど……あとは俺を信じて休んでてくれ」
そう言って、蒼龍は群れと正面から対峙した。
ズシン、と地響きが鳴る。
先ほど腕を切り落とされた個体を含む、四体の巨大な物怪が一斉に蒼龍へ向かってなだれ込んできた。
丸太のような剛腕が、岩をも砕く勢いで同時に叩きつけられる。
だが、完全に力を解放した蒼龍の前には、その巨体すら何の一撃にもならなかった。
蒼龍の両腕の装甲が組み替わり、眩い高圧粒子がブレイド状に伸長する。
高密度圧縮ケイオニウム・プラズマトンファー。
「ハッ――!」
蒼龍が一足で間合いを詰めた。
景行の目には、ただひとすじの『蒼い閃光』が交錯したとしか見えなかった。
直後、襲いかかった四体の巨体が、咆哮を上げる暇すら与えられず、一瞬で眩い光の粒子となって空気中に分解し、霧散していった。
高濃度に圧縮されたケイオニウムの刃は、触れるものすべてを分子レベルで分解し、討ち果たすのだ。
「あの巨大な物怪を……一度に、光に変えた…」
景行は目の前で起きている現実を受け止めきれずにいた。
頼りなく見えたあの少年が、蒼き龍の化身となり、まさに人智を超えた圧倒的な力で百鬼夜行を屠っていく。
すべてが神話の奇跡のように思えた。
「一気に片付けるぞ、Karen!」
『了解。コンバットモード・フルドライブ』
蒼龍は双腕のプラズマトンファーを閃かせ、残る物怪の群れの中へと疾風のごとく突入した。
ただ駆け抜ける、それだけでおびただしい敵が次々と光の塵となって薙ぎ払われていく。
狂暴な黒い波がどれほど押し寄せようとも、蒼龍の多層バリアと鋼の装甲には一撃すら届かない。
百を超えていた物怪の群れは、ものの数分で数えるほどにまで激減した。
死の恐怖を理解した物怪たちは完全に統制を失い、悲鳴を上げながら蒼龍から逃げ惑うばかりだった。
「コイツで最後だっ!」
平原の奥から、鬼そのものといった巨躯を持つ最後の大型物怪が立ち塞がる。
怒りに狂った眼光で蒼龍を睨みつけると、手にしていた巨大な棍棒を、地の底まで叩き割らんばかりの勢いで振り下ろした。
ガゴォンッ!!
衝撃波が地表を抉る。
しかし蒼龍は、圧倒的な跳躍力でその棍棒の頂点へと直接飛び乗っていた。
そのまま滑走するように巨大な腕を一気に駆け上がる!
物怪の眼前まで到達した蒼龍は、空中で反転しながら、右腕の装甲ユニットをその眉間に突きつけた。
「Karen、腕部レールガン出力15%! 眉間に叩き込んで一撃で決める!」
『了解です、マスター。ターゲットロックオン――発射』
ズドォォォン――ッ!!
ゼロ距離から放たれた電磁加速弾が、鬼の眉間を穿つ。
高圧エネルギーが巨躯の内部から炸裂し、巨大な物怪は全身に蒼い光の亀裂を走らせながら、静かに、そして壮大に光の粒子となって夜空へと溶けていった。
***
沈黙が、南西の平原を取り戻す。
先ほどまで惨劇の舞台だった戦場には、もう物怪の姿も、異臭も残っていなかった。
舞い散るケイオニウムの光粒子だけが、幻想的な名残留めるように夜風に揺れている。
『エリア内の脅威反応、ゼロ。これより流体思考フレームをパージします』
Karenのアナウンスとともに、重厚な排気音が鳴り響き、蒼龍の装甲が光となって粒子化し、K-GEARへと収束していった。
そこに残されたのは、一人の少年――東雲蒼の姿だった。
「……ふぅ。終わったな……」
蒼は大きく息を吐き、ゆっくりと頭上を見上げた。
そこには、戦いの狂乱が嘘だったかのような、息を呑むほど美しい平安の夜空が広がっていた。
雲一つない深く澄んだ闇に、まるで宝石を撒き散らしたかのように満天の星々が瞬き、柔らかな月光が二人を静かに照らしている。
「……東雲」
膝をつき、茫然と空を見上げていた景行が、擦れ声で呼びかけてきた。
全身傷だらけで、血に濡れた刀を握りしめたまま、彼は信じられないものを見る目で蒼を見つめている。
「本当に……お前は何者なんだ……」
蒼は苦笑いしながら頭をかき、景行のもとへ歩み寄ると、まっすぐに手を差し伸べた。
「言ったろ? 俺は東雲蒼。……お前の相棒だよ」
景行はその手を一瞬見つめ、ハッと息を吐くと、フッと自嘲気味に唇をほころばせた。
「……そうか。相棒、か」
景行は擦り切れた握力で、蒼の手を強く握り返した。
蒼は景行の腕を自分の肩にまわし、傷ついた巨躯をしっかりと支え上げる。
「さあ、帰ろうぜ。葵が……みんなが、待ってる」
「……ああ。帰ろう」
互いの体重を預け合い、二人の戦士はゆっくりと歩き出した。
その背中の上には、どこまでも深く、優しく包み込むような平安の月夜が広がっていた。
百鬼夜行編。ここで決着です。
この物語を考え始めた時、一番最初に「書きたい」と思った場面を形にできて、執筆していて本当に充実感のある期間でした。
Karenの「演出を盛ってしまいました」は、張り詰めっぱなしだった決戦の中でどうしても入れたかった一息です(笑)。
戦いは決着しましたが、物語はまだまだ終わりません。
蒼たちの帰還。そして、新たな影。
次回も、新たな展開が始まります。
引き続き、『平安オーバーライド』を楽しんでいただけたら幸いです。
明日からも毎日更新。
連載ストックがあるだけ続けます!




