平安時代編第八話:未完の蒼龍と月下の絆
罠を用いた夜の共闘から数日が過ぎた。
防衛網の再構築により村の被害は抑えられていたが、蒼の胸中には拭いきれない疑念が渦巻いていた。
「……それにしても、異常じゃないか?」
ある日の午後、見回りの合間に蒼は景行に尋ねた。
いくらなんでも物怪の襲撃が多すぎる。
未来で俺が戦っていた異星体の侵攻と比べても、明らかに異常な頻度だ。
「なあ、物怪ってのは、いつもこんなに頻繁に人里を襲ってくるもんなのか?」
「いや……」
景行は刀の手入れをしていた手を止め、微かに顔を曇らせた。
「これまでは、多くても週に一度程度だった。こんなに毎夜のように頻繁に現れるようになったのは……」
そこまで言いかけて、景行は口を噤んだ。
気まずそうに視線を逸らすその態度で、蒼は全てを察した。
(……頻繁になったのは、俺が空から降ってきてから、か)
蒼は気づいていた。
自分がこの時代に落ちてきたあの夜から、物怪たちが活発化していることに。
景行もまた、薄々それに勘付いているのだろう。
だが、彼はそれを言葉にしなかった。
せっかく背中を預け合えるようになった相棒を、変に責めたり疎外したりすまいという、彼なりの不器用な気遣いだった。
(泣かせるじゃないか、あいつ……)
だからこそ、蒼は決意した。
よぎった疑念を確信に変え、最悪の場合は己の身の振り方を決めるために。
その夜、蒼は誰にも告げず、一人で邸を抜け出し深い森へと足を踏み入れた。
――ガサッ、グルルル……。
森に入って数分も経たないうちに、周囲の闇から無数の赤い眼光が浮かび上がる。
蒼は静かに息を吐いた。
「やっぱりな。お前らの狙いは、俺か」
明確な理由はわからない。
だが、はぐれ物怪というにはあまりにも一直線に、そして執拗に自分を目指して殺到してくる。
間違いなく、蒼という異分子の「何か」に引き寄せられているのだ。
(考えるのは後だ。まずは目の前の状況をどうにかしないと)
「Karen、機動装甲『蒼龍』の復旧率は?」
『現在59%。完全ではありませんが、一部武装および装甲の限定展開は可能です』
「ようやくか……。不完全とはいえ、ゼノフォームに比べればこいつらはせいぜいClass-1程度の脅威度だ。なんとか対処できるはずだ」
蒼は姿勢を低くし、深く息を吸い込んだ。
「Karen! 『ケイゼル蒼龍』流体思考フレーム、展開!」
『了解。装甲パーツ、部分転送を開始します』
虚空に青白い幾何学模様が走り、蒼の手足と胴の一部を、未来の特殊合金で構成された『蒼穹の鎧』が包み込む。
久しぶりの装甲の重量感に、蒼は軽く手首を回して準備運動を始めた。
『警告します、マスター。現在はフレームが不完全です。無理な加速や体勢変化を行えば、システムに肉体が追いつかず、返ってくるバックドラフト(反動)で手足がもげる可能性があります』
「……お前、相変わらずサラッと怖いこと言うな!」 『事実に基づき、最悪の可能性もお伝えした方が良いと判断しました』
「はいはい、了解。極力無茶はしないさ」
蒼は両腕のガントレットから青白い光刃――プラズマトンファーを展開した。
「Karen、出力を極限まで絞れ。使うエネルギーは最小限で頼む」
『了解です、マスター』
「さあ……地獄のリハビリと行きますか!」
四体の物怪が、咆哮と共に蒼へと襲いかかった。
「シィッ!」 蒼は地を蹴り、先頭の一体の懐へと瞬時に潜り込む。
プラズマトンファーの青い軌跡が闇を薙ぎ払い、物怪の硬い首を容易く切断した。
「よし、いけ――ッ!?」
いける、と思った直後。蒼の全身に、引き裂かれるような激痛が走った。
「ぐっ……ぁあッ!?」 (駄目だ、半分生身の肉体じゃ、蒼龍の運動速度についていけない……!)
最初の敵はあっさり倒せた。
だが、Karenの警告通りだった。
流体思考フレームの超人的な加速に対し、生身の関節と筋肉が悲鳴を上げている。
冗談抜きで腕がもげそうなほどの反動が、蒼の肉体を容赦なく痛めつけていた。
(くそっ……機動力で圧倒するのは無理だ。極力回避に徹して、隙を突くしかない)
蒼は戦い方を切り替えた。
飛びかかってくる二体目の爪をギリギリで躱し、カウンターでプラズマの刃を心臓部に突き立てる。
「ハァッ、ハァッ……!」
息が上がる。冷や汗が全身から吹き出していた。
そのまま流れるように三体目の背後に回り込み、トドメを刺そうと刃を振り上げた、その時だった。
(な……っ!?)
三体目の巨体の影、その完全な死角に潜んでいた『もう一体』の存在を見落としていた。
小鬼のように小柄だが、異様に腕の発達した四体目の物怪が、蒼の脇腹を目掛けて鋭い爪を振り下ろしてくる。
反撃はおろか、回避の体勢に移ることすらできない。
完全な流体思考フレームであれば、思考した瞬間に装甲が反応し、肉体にかかる致死のG(負荷)をサポートしてくれる。
だが今は、手足と胴の一部のみ。
この状況で無理な体勢変化を行えば、遠心力と装甲の出力差で、蒼の胴体そのものが捻じ切れてしまう。
「しまった……!」
『マスター!!』
蒼が死を覚悟し、歯を食いしばったその瞬間。
闇を切り裂くような裂帛の気合いと共に、鋭い銀閃が真上から振り下ろされた。
蒼に迫っていた小鬼のような物怪が、脳天から股まで、綺麗な一意の線を描いて縦に真っ二つに両断される。
左右に分かれた肉塊の間から姿を現したのは――怒りに目を血走らせた、景行だった。
「景行……!」
太刀を振り抜いた姿勢のまま、景行は夜叉のような形相で蒼を睨みつけていた。
その肩は激しい怒りで小刻みに震えている。
「夜中に一人で姿を消したと思えば……何をしているのかと思えば! 貴様、死ぬ気か!!」
森の静寂を震わせるほどの怒声だった。
「まともに戦えもしない、そんなボロボロの身体で……なぜ一人で無茶をする!!」
その声には、武士としての怒りだけでなく、せっかく得た「相棒」を失いかけたことに対する強い焦燥と安堵が入り混じっていた。
「……すまん」
蒼はプラズマトンファーの出力を切り、うつむいた。
自分が全てを背負おうとした結果、結局彼に助けられ、心配をかけてしまった。
情けない己の姿に、いつもの軽口すら出てこなかった。
景行は大きく息を吐き、血振りをすると太刀を鞘に収めた。
「……帰るぞ。葵様が、酷く心配しておられる」
踵を返し、邸への道を歩き出そうとする景行。だが、蒼はその背中に向かって絞り出すように言った。
「いや……俺は、しばらく邸にいない方がいいかもしれない」
「……なに?」
「こいつらの狙いは俺だ。俺が邸にいれば、葵様や村の連中をさらに危険な目に遭わせることになる。だから――」
「馬鹿め」
景行は振り返ることなく、蒼の言葉を冷たく一蹴した。
「何が来ようと、俺が斬り伏せる。貴様の事情など知ったことか」
その言葉に、蒼は顔を上げる。
景行の背中は、どこまでも真っ直ぐで揺るぎなかった。
「だが……あの御屋敷は、俺一人の腕で護り切るには少々広すぎる。……数体でも物怪を倒せる腕があるなら、黙って俺に力を貸せ」
「……景行」
それは、誇り高き武士からの、これ以上ない不器用な「信頼」の証だった。前日「足手まといだ」と言い放った彼が、蒼の傷ついた『力』を必要だと言ってくれている。
蒼は目元を少しだけ拭うと、ニシシといつものような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……仕方ないな。お力お貸ししましょう、御大将!」
その聞き慣れた軽口に、景行の肩の力がフッと抜けるのがわかった。
「……フッ。貴様という奴は」
暗闇の中で、景行が微かに笑いをこらえる気配がした。
「口の減らん忍びだ。」
夜の森の冷たい風の中。
自分の背負う運命を分け合ってくれる不器用な武士の隣を歩きながら、蒼は夜の森を抜けて、彼らの帰るべき場所――邸へと足を踏み出していった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
前回、蒼を相棒として認めた景行でしたが。
今回は、その信頼が本物かどうかを試す話となりました。
厳しくも仲間を大切に思う不器用な景行と、軽口を叩きながらも仲間の強さを信頼していく蒼。
この2人の程良い熱さとギャグの緩さが書いていて楽しいです。
次回も『平安オーバーライド』をよろしくお願いいたします。




