プロローグ2:西暦2168年・雨と鉄の揺りかご
時は約1000年後に遡る(進む)。
西暦2168年。
宇宙から飛来した巨大隕石が地球に未曾有の災厄をもたらし全人類の3分の1が犠牲となった。
更に人類に追い討ちをかけるかの如く、隕石と共に現れた異星生命体『ゼノフォーム』によって、人類は絶滅の淵に立たされていた。
脅威に対抗すべく、人類は対ゼノフォーム特務機関
Zeno-form Tactical Assault and Countermeasure Taskforce(ゼノフォーム強襲・対抗特務部隊)通称『Z-TACT』を組織し、激しい防衛戦を繰り広げる。
しかし、地球の理外の力を持つゼノフォームに対し、これまでの通常兵器はあまりにも無力だった。
そんな終わりの見えない絶望の中、巨大隕石を解析していた天才科学者・東雲彗は、ゼノフォームの力の源泉と思われる未知の原素を隕石内部から発見する。
『ケイオニウム』
と名付けられたその物質を、彼は対ゼノフォーム用の兵器として転用する道を模索していた。 人類のため、そして何より、生まれたばかりの息子の未来のために。
***
ーーゼタクトの地下研究室。
そこには、完成したばかりの漆黒のパワードスーツが静かに佇んでいた。
全高およそ190センチ。無骨さを削ぎ落とした流線型の装甲には未知のエネルギーラインが走り、通常兵器が通じない怪物たちの強靭な装甲を確実に打ち砕くために造り上げられた、人類の希望の結晶である。
「見てくれ、藍! ついに完成したぞ。
『ケイオス』俺の『彗』の名を冠した人類の希望だ……」
彗は少年のように目を輝かせ、同じく研究者の妻、藍に語りかけていた。
藍の腕の中には、来週に生後半年を控えた息子、蒼が抱かれている。
蒼は無機質なはずのパワードスーツを不思議そうに見つめ、小さな手を伸ばしていた。
「さすが俺の息子だ。もうこいつの凄さを感じてやがる!」
嬉々として笑う彗は、さらに声を弾ませた。
「藍。ケイオスには、お前の思考モデルをベースにしたAIを導入してある。装着者を絶対に生かして帰還させる、生存最優先のシステムだ。もうあの怪物たちに、誰も殺させはしない。俺が、人類を必ず救ってみせる」
「…それは立派ですけど」
息巻く夫を見て、藍は優しく微笑んだ。
「来週は大事な息子のハーフバースデーですよ。世界を救うのもいいですけど、絶対に忘れないでくださいね?」
「あ、ああ、もちろんだとも!」
慌てて頷く彗。笑い声を上げる蒼と藍。
それは、崩壊しかけた世界に残された、ささやかで完璧な幸せの風景だった。
しかし穏やかな時間は、突如鳴り響いたけたたましいアラートによって引き裂かれた。
「ーーゼノフォームの襲撃です! 早くシェルターに避難しーー」
通信機越しに叫んだ警備兵の言葉は、研究室全体を揺るがす凄まじい爆発音にかき消された。
分厚い防爆壁が紙くずのように吹き飛び、土煙と瓦礫が室内に雪崩れ込む。
「ッ蒼……! 無事ね、よかった……」
瓦礫の陰で、藍が身を挺して蒼を庇っていた。
蒼は恐怖で泣き叫んでいるが、命に別状はない。
しかし、同時に土煙の中から現れた『それ』を見て、藍は息を呑んだ。
人型でありながらヤギのような禍々しい角を生やし、甲虫を思わせる黒い生体装甲に身を包んだ異形。両腕は、蠢く醜悪な触手へと変異している。
ゼノフォームは、その脅威度に応じていくつかのカテゴリーに分類されている。
通常兵器を完全に無効化し、既存の軍隊では太刀打ちできない中型から大型の絶望を、ゼタクトは『Class-2 タイタン』と呼称していた。
目の前の異形は全高およそ4メートル。
Class-2の中では小型な部類だが、それは無差別に拠点を破壊するのではなく、特定の対象を確実に『排除』することに特化した、極めて戦闘力と殺意の高い暗殺型の個体だった。
「逃げろッ、藍!!」
彗は叫びながら、傍らにあった試作のブラスターを構え引き金を引いた。
しかし、高出力の光線は黒い装甲に当たった瞬間、まるでBB弾のようにあっけなく弾かれた。
Class-2の特異な装甲が、通常兵器の威力を完全に殺していたのだ。
「化け物が……!」
直後、鞭のようにしなった触手が彗を強打した。
彗は機材ごと吹き飛ばされ、最愛の妻と息子の名前を呼びながら、深い闇の中へと意識を落とした。
「彗くん……ッ!」
倒れた夫の名を叫び、藍は蒼を強く抱きしめて走り出した。
蒼だけでも、何とか安全な場所へ。
その一心で床を蹴る。
しかし、暗殺に特化したClass-2の動きは非情なまでに速かった。
背後から放たれた凶悪な触手が、無慈悲に藍の腹部を貫いた。
「……あっ」
大量の血が溢れ、藍は蒼を抱いたままその場に崩れ落ちた。母の温かい血を浴びて、蒼が火のついたように泣き叫ぶ。
その赤ん坊の絶叫に呼応するように。
沈黙していた漆黒の鎧、『ケイオス』が突如として起動音を響かせた。 搭乗者はいない。
しかし、藍の思考モデルを宿したAIが、我が子を守るという絶対的な意志のもと、無人のまま駆動したのだ。
ケイオスは目にも留まらぬ速さで跳躍し、藍を貫いていた触手を腕部の高振動ブレイドで一刀両断に切り落とした。
標的を邪魔されたゼノフォームが激しく咆哮し、ケイオスへと襲い掛かる。
見上げるほどの異形と、小柄な無人の鎧。
ケイオスは一切の恐怖を持たず、目前の敵の胸部装甲にブレイドを突き立てた。
しかし、Class-2は致命傷を避け、即座に切断された触手を再生させると、ケイオスの左半身を凄まじい力で破壊し、頭部を無残に叩き潰した。
それでも、鉄の戦士は止まらない。
左半身を失い、頭部がひしゃげた異様な姿のままでも、ただ「蒼を守る」という本能だけで刃を振るい続けた。
そして遂に、限界を超えた出力で腕のブレイドが大きく展開する。
その一撃が、ゼノフォームの頸部を完全に跳ね飛ばした。
首を失った怪物は崩れ落ち、粒子となって大気へ消えていく。
それを見届けたかのように、ケイオスもまた、火花を散らしながら静かに沈黙した。
彗が意識を取り戻した時、戦闘はすでに終わっていた。
瓦礫を掻き分けて駆け寄った彗の目に飛び込んできたのは、大量の血を流し、瀕死の状態で倒れる妻の姿だった。
その腕の中では、母の血にまみれボロボロになりながらも、蒼が必死に泣き叫んでいる。
「藍! 藍ッ!!」
狂ったように名を呼ぶ彗の声に、藍が微かに目を開けた。
「彗、くん……」
「喋るな! 医療班が来る、すぐに……!」
「蒼の……大事な日、忘れないでね……」
命の灯火が消えかけている中で、藍が紡いだのは、世界を救う天才科学者への言葉ではなかった。
「朝は……コーヒーだけじゃダメよ。ちゃんと、ご飯を食べて。……蒼のミルクは、必ず、人肌に冷ましてから……飲ませてね」
「藍……」
「離乳食は……まだ始めたばかりだから、味の薄いものだけにすること。それに……蒼はお尻が被れやすいから…おむつを変える時は……」
血を吐きながらも続く、あまりにも日常的な注意の数々。
こんな時になにを言っているんだ。彗は顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら、それでも堪えきれずに力なく笑ってしまった。
「ちゃんと……最後まで、聞いて」
藍もまた、微かに口角を上げて微笑んだ。
「蒼は……まだ半年にもならないのに、好きなものを見る時の目が、あなたにそっくり……。ちゃんと、あなたが……蒼を、周りの見える人に、なれるようにしてあげて……」
震える血塗れの指先が、泣き叫ぶ蒼の頬に触れる。
「蒼。パパは、天才なんて言われているけど……本当は、お馬鹿さんだから。蒼が、支えてあげてほしいの。……誰かを守れる、優しい人になってね」
そして、息子の手を優しく握った。
「パパをお願い。……愛しているわ」
それが、最後の言葉だった。
藍の手からすっと力が抜け、冷たい床に落ちる。
静かに息を引き取った妻を抱きしめ、彗は獣のような慟哭を上げた。
爆発で崩壊した天井からは、いつの間にか大粒の雨が降り注いでいた。
泣き叫ぶ赤ん坊の声と、すべてを失った男の涙は、冷たい雨音の中に虚しく飲み込まれていった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
この話は、東雲家の始まりの物語でした。
「蒼龍」がなぜ生まれたのか。
そして、AIに“母の意志”が宿る理由。
すべての原点は、藍が最後まで守り抜こうとした「家族」でした。
次回からいよいよ本編。
舞台は18年後。
赤ん坊の蒼は成長し、人類最後の希望《蒼龍》を纏って、運命の戦場へ立ちます。
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それでは、次話「西暦2186年・鋼鉄の夜明け」でお会いしましょう。




