平安時代編 第五話:不発のヒーローと白刃の忠臣
翌朝。 爽やかな平安の朝の空気を切り裂くような、騒がしい怒声と悲鳴で蒼は目を覚ました。
「……んあ? 何だろう、朝から騒がしいな……」
畳の上から体を起こし、軋む体を伸ばしながら縁側へ出る。
見ると、邸の正門付近に、村人らしき粗末な麻の着物を着た者たちが数人、血相を変えて景行にすがりついていた。
手には農具を握りしめ、泥だらけの顔は恐怖で引き攣っている。
「皆様、どうなさいました?」
騒ぎを聞きつけたのか、邸の奥から葵が静かに姿を現した。
「あ、葵様!? ここは危険です、奥へ!」
景行が驚いて制止するのも聞かず、葵は村人たちの前へと歩み出る。
すると、パニック状態だった村人たちは葵の姿を見た瞬間、まるで神仏を目の当たりにしたかのように慌てて地面に平伏した。
(『捨て置かれた姫』って自分では言ってたけど……村の人たちからすれば、完全に雲の上の存在なんだな。そりゃそうか、あれだけ現実離れした美人なら)
蒼は縁側の柱に寄りかかりながら、妙に納得してその光景を見つめていた。
村人から必死の訴えを聞き出した景行は、顔を強張らせて葵のそばへ寄り、そっと耳打ちをして状況を説明した。
すると、その内容を聞いた葵の顔が、みるみるうちに驚きと青ざめた色に変わっていく。
「……すぐに行って参ります。葵様は決してここから動かず、お待ちを」
景行は短くそう告げると、縁側にいた蒼に鋭い視線を飛ばした。
「おい忍び。お前も少し手を貸せ」
言うが早いか、景行は風のような速さで門を蹴破るように飛び出していってしまった。
「え、ちょっ……どうしたの!?」
『さあ? 詳細は不明ですが、緊急事態のようです。とりあえず行ってみますか?』
呑気なKarenの音声に背中を押され、蒼も慌てて草履を突っかけて後を追う。
だが、邸の外に出た時には、景行の姿はすでに土煙の彼方へ消えていた。
「ごめん! あいつどっち行った!?」
蒼が尋ねると、平伏していた村人が震える手で山のふもとの方角を指差した。
「ありがとう!」
「――蒼様、どうかお気をつけて!」
背後から聞こえた葵の心配そうな声に軽く手を振り返し、状況がまったく飲み込めていない蒼は、とにかく景行を追って全力で走り出した。
村の入り口にあたる開けた畑の広場。
景行に追いついた蒼の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
「景行……ッ!? なんだあれ……!!」
そこでは、十数体の異形の怪物が、逃げ惑う村人たちを襲い、景行が単身でそれに立ち向かっていた。
全身を黒い靄で覆われ、虎や熊を歪に混ぜ合わせたような禍々しい獣たち。
ようやく蒼の頭が状況に追いつく。
村人は葵の邸に、これの退治を助けに求めてきたのだ。
「あれが『物怪』……!?」
昨晩、葵や景行の話を聞いていた時は、山犬か野盗を大げさに言っているだけだろうと半信半疑だった。
だが、未来で戦ってきたゼノフォームにも似たその『異形』を目の当たりにして、蒼の体は考えるより先に動いていた。
「いくぞ、Karen!!」
『待ってください、マスター! 今は――』
村人の一人が獣の牙に引き裂かれそうになった瞬間、蒼はその間に立ちはだかり、左腕のK-GEARを天高く突き上げた。
「ケイゼル蒼龍・東雲蒼……飛翔!!」
高らかに叫ばれる変身コード。 眩い光と共に、無敵の『蒼穹の鎧』が全身を包み込み、怪物を一瞬で粉砕する――はずだった。
「…………」
『…………』
左腕のK-GEARのランプが虚しく一度だけ点滅し、辺りには静かな平安の風の音と、鳥のさえずりがピヨピヨと聞こえるだけだった。 蒼の体は、先ほど起きたままの寝巻き姿である。
『……だから言おうとしたんです。蒼龍のシステム復旧率はまだ10%以下。全身の変身はおろか、左腕の装甲展開すら規定値に達していません』
Karenの呆れ果てた声が、脳内に直接響く。
「なんでそれを先に言わないんだよ!!」
『言う前に動いたのはマスターでしょう!!』
絶体絶命の戦場で、AIとポンコツな漫才を繰り広げる蒼。 そんな隙だらけの獲物を、飢えた物怪たちが見逃すはずがなかった。
「グルルルァッ!!」
「うおッ!?」
飛びかかってきた漆黒の牙を、蒼はギリギリで回避する。泥まみれになりながら、必死にK-GEARへ怒鳴った。
「左手だけでも復旧してるなら何とかならないのか!?」
『あれくらいの敵なら物理的に防ぐことはできるかもしれませんが、ブレードなどの兵装は使用できません。防御はできても、討伐は不可能です!』
「マジかよ……ッ!!」
情けなく逃げ回る蒼の姿を見て、別の物怪を斬り捨てていた景行が声を荒げる。
「何をしている忍び!」
「こっちにも事情があるんだよ! 戦えたら戦ってる!!」
村人を背にかばい、必死に戦い続ける景行。その一閃は、襲い来る物怪の首を次々と正確に切り伏せていく。
「くそっ、あいつすげえな……」
『感心してる場合じゃないですよマスター!』
この場にいる限り、蒼もまた物怪たちにとって格好の獲物だった。 鋭い爪と牙を必死に避け続ける蒼の耳に、突如、甲高い悲鳴が突き刺さった。
『マスター! 左40度方向です!』
主人の意思を正確に汲み取ったKarenが警告を発する。 視線を向けると、逃げ遅れた幼子が、母親を呼びながら大声で泣き叫んでいた。
その泣き声に、巨大な熊のような物怪が反応し、凶悪な牙を剥き出しにして一直線に襲いかかる。
「しまった……! Karen、左腕だけでもいい、流体フレームを緊急展開!!」
蒼はまたしても、考えるより先に地面を蹴っていた。
左腕から銀色のナノ金属が溢れ出し、蒼穹の装甲を形成したと同時――物怪の巨大な牙が、幼子を庇った蒼の腕に喰らいついた。
――ガキィィィンッ!!
「っ……間に合った……!」
肩で荒い息をしながら、蒼は幼子と物怪の間に割って入っていた。
熊のような物怪は凶悪な牙をギチギチと鳴らし、蒼の左腕を噛み砕こうと異常な力を込めてくる。
「ぐ、おおおっ……!」
復旧したばかりとはいえ、蒼龍の流体フレームはこの程度ではびくともしない。
だが、左腕の装甲だけでは巨大な獣の怪力に徐々に押し負け、蒼ごと幼子が押し潰されてしまうのも時間の問題だった。
『どうするんですかマスター! また考えなしに飛び込んで!』
「知らん! な、なんかないか!? ブレードがダメでも、レールガンの出力最小とかで何とかできないか!?」
『無茶言わないでください! 高天原の補助もないのに、こんな状況を打破できる兵装なんて無理です!』
AIのKarenですら泣き言を上げる状況。
未来で異形の神Class-Xすら打ち倒した無敵の戦士が、この平安の世でここまで無力になってしまうとは。
蒼の膝が土に沈み、徐々に押し負けて崩れてしまいそうになった、その時だった。
「――退けぃッ!!」
閃光のような一閃が空を薙いだ。 他の物怪を撃ち倒し、助けに入った景行の大太刀が、蒼に馬乗りになっていた物怪の首を刎ね飛ばしたのだ。
切り伏せられた物怪たちは、光の粒子になって徐々に朝の空気の中へ溶けて消えていった。
「無事か、忍び」
「……あ、ありがとう……。助かった……」
腰を抜かしたまま、蒼は震える声で礼の言葉を並べた。
「坊主も無事か?」
景行は刀を払うと、怯える幼子に向かって静かに手を伸ばした。
幼子は泣きながらその手を取り、立ち上がると、背後から駆け寄ってきた母親に真っ直ぐに縋り付いていった。
「……なんとかなって、よかった」
泥だらけの腕を下ろし、蒼は深く安堵の息を吐いた。
景行は大太刀を鞘に納め、まだ残党がいないか、油断なく周囲の森を警戒している。
その姿を見上げながら、蒼は頼もしい武士の背中に改めて感心していた。
討伐を終え、村から邸へと続く暗い夜道を歩きながら、蒼は隣を歩く景行から延々と続く小言を浴びていた。
「昨日、俺の一太刀を容易く防ぐほどの腕を見せておきながら……さっきの戦いはなんだ!」
景行の鋭い声が、静寂の森に響く。彼の横顔は月明かりに照らされ、怒りと不信感で険しく強張っていた。
「藤原本家から遣わされた忍びであれば、もっとその真の力を見せたらどうだ。肝心な時に力を出し惜しみするような底知れぬ奴とは、到底、共に葵様を護ることはできん!」
歩幅を荒げ、捲し立てる景行に対し、蒼は頭の後ろで手を組みながら「あーあ」と小さく息を吐いた。
「こっちにも事情があるんだって。手を抜いたわけじゃない」
「言い訳など聞きたくない!」
「いや、戦おうにも武器が壊れてるっていうかさ……」
言い淀む蒼の脳裏に、ふと懐かしい声が蘇った。
『なんだあの戦い様は!作戦行動中にふざけているのか貴様は!』
口うるさく、けれど誰よりも自分の背中を預けられた未来の戦友。
ケイゼルのもう一人の装着者である蓮の怒鳴り声だ。
目の前で青筋を立てている堅物の景行と、見事に重なるその説教くささに、煩わしさを覚えつつも、蒼の口元からは自然と笑みが零れ落ちた。
「……何がおかしい」
地を這うような景行の声に、蒼はハッと我に返る。景行は立ち止まり、刀の柄に手をかけんばかりの剣幕で蒼を睨みつけていた。
「俺は極めて真面目な話をしているんだぞ!」 「あー、悪い悪い!わかったってば」
蒼は慌てて両手を前に出し、ひらひらと振って降参のポーズをとる。
「いきなりで準備が出来てなかっただけだから。次はちゃんと働くって。な?」
「貴様という奴は……!」
噛み合わない問答を続けながらも歩みを進めると、やがて木々の向こうに邸の立派な門構えが見えてきた。
門前には、提灯の淡い灯りを頼りに、夜風に身を震わせながら帰りを待つひとつの影があった。
「お帰りなさい、お二人とも」
ふたりの姿を認めた途端、葵は安堵に顔を綻ばせ、小走りで駆け寄ってきた。
その瞳には、今にも零れ落ちそうなほどの不安の名残が揺れている。
「ご無事で……本当によかった」
景行はすぐさま居住まいを正し、深く、それはもう見事な臣下の礼をとった。
「ただいま戻りました、葵様。ご心配をおかけし、申し訳ございません」
その隣で、蒼はいつも通りの軽口を叩くように、ひらりと片手を上げて笑ってみせた。
「村の人たちも無事だ」
その瞬間、景行の顔色が夜叉のように変わった。
「『無事です』だ、無礼者ォ!!」
景行の怒声が響き渡り、蒼の頭に容赦ない鉄拳が落ちる。
「痛っ!?お前、いくらなんでも急に殴ること……」
「葵様に向かってその口の利き方はなんだと何度言えばわかる!貴様、それでも本家の……!」
「あーもう、うるさいな!葵様も気にしてないって!」
「私が気にしているのだ!」
邸の入り口で、まるで子供のように言い合いを始める凄腕のふたり。
その様子を呆然と見つめていた葵だったが、やある時袖で口元を覆うと、ふふっ、と思わず吹き出してしまった。
張り詰めていた夜の空気が、彼女の銀鈴のような笑い声でふわりと解けていく。
「お怪我がなくて、本当によかったです」
そう言って微笑む葵の顔を見て、蒼と景行は毒気を抜かれたように顔を見合わせ、同時に小さなため息をつくのだった。
***
その夜。寝静まった邸の中で、蒼は一人、縁側に腰を下ろしていた。
頭上には、未来の空よりもずっと鮮明で、吸い込まれそうなほどの星月夜が広がっている。
その美しい自然の風景とは不釣り合いな、淡いブルーの人工的な光が蒼の顔を照らしていた。
「さて……昼間のこともあるし、ちょっと現状を整理しておかないとな」
蒼は左腕のK-GEARを操作し、虚空にホログラムのコンソール画面を展開した。
空中に浮かび上がる無数のデータストリームを見つめながら、相棒のAIに語りかける。
「Karen、蒼龍の復旧状況は?」
『はい、マスター。現在、蒼龍の自己修復機能(流体ナノマシン)による再構築は、全体の18%まで進行しています。しかし、依然として軌道上の軍事衛星『高天原』とのデータリンクは途絶したままですので、完全復旧には多大な時間を要する見込みです』
「そりゃそうか。平安時代に未来の衛星通信が時を超えて届くわけないよな……」
ゼタクト本部との通信も、当然ながら完全なオフライン。
母艦からの支援はおろか、重力制御や広域スキャンといった衛星リンクを前提とする蒼龍自慢の兵装も、そのほとんどが使用不能であることを意味していた。
「基本武装はどうなってる?」
『システムの復旧が完了すれば、近接用のプラズマトンファー、および腕部内蔵レールガンは物理的に使用可能となります。……しかしながら、マスター。エネルギー消費の観点から、この時代での重兵装の使用、特にレールガンの稼働は極力控えた方がよろしいかと推測されます』
「エネルギー消費……? ああ、そうか。平安時代じゃ『ケイオニウム』からエネルギーを補給する手段がないのか」
蒼の顔にスッと血の気が引いた。
ケイオニウム鉱石は未来における蒼龍の主動力源だ。それが無いとなれば、今のバッテリーが尽きた時点でただの重い鉄屑と化してしまう。
「って、それヤバくないか!? 蒼龍のエネルギー稼働時間って、今どれくらい残ってるんだ!?」
『衛星軌道上での最終戦闘時、衛星『産霊』からの干渉により莫大なエネルギー供給を受けていましたので、蒼龍のバッテリー残量自体は現在ほぼ100%と言ってもよろしいかと』
「なんだ、満タンか。よかった……」
『しかし、今後の“外部補給が一切不可能”という前提で試算しますと、戦闘時における連続稼働時間はせいぜい8時間と予測されます』
「……たったの8時間?」
『はい。それも兵装の出力を極限まで節約して起動した場合の最大値です。もし腕部レールガンを最大出力で使用でもしようものなら、3発も撃てばエネルギーは即座に枯渇し、システムは完全停止します』
「……マジかよ」
蒼は頭を抱えた。
昼間に遭遇した『物怪』と呼ばれる怪物たち。
あれがもし、未来で人類を滅亡寸前まで追いやったゼノフォーム並みの力を持っていたとしたら。
たった8時間の稼働時間と、3発しか撃てないレールガンでどう戦えというのか。
「この時代の物怪の中に、ゼノフォーム級のバケモノがいないことを祈るばかりだな……」
思っていた以上に、過酷で綱渡りな日々になりそうだ。
正直、もとの時代に戻れるものなら今すぐ帰りたい。
だが、時間跳躍を引き起こしたあの日のような『Class X級のエネルギー同士の衝突』など、この平安時代で再現できるはずがなかった。
「……状況は絶望的、か」
暗い顔で呟く蒼に、Karenの平坦な、しかしどこかからかいを含んだような合成音声が響いた。
『景行様に手ほどきいただき、剣術でも習得なさるのはいかがですか? 身体を鍛え直し、本当に“忍び”を目指してみるのも、マスターの生存戦略としては有効かもしれないですよ』
「……他人事みたいに言いやがって。お前だってエネルギーがなくなったら、永遠にスリープ状態なんだぞ?」
『その場合は仕方ありません。私は1000年後の未来で、地球にケイオニウム隕石が飛来するのを静かに待ちます』
「は?」
『人間のマスターの寿命はせいぜいあと70年程度ですが、AIである私に寿命という概念はありませんから』
「……なんて薄情な奴だ」
蒼は呆れ果ててホログラムのモニターを小突いた。
「Class Xとの最終決戦の時は、『地獄の底までお供します』とか健気なこと言ってたくせに。それが本音かよ」
『状況に応じた最適な生存確率を提示しているだけです。AIですので』
すまし顔で答える(ように聞こえる)Karenに、蒼はふっと笑みをこぼした。
絶望的な状況だが、不思議と悲観する気にはなれなかった。
隣にこの口うるさい相棒がいる限り、自分の心は折れないと分かっているからだ。
「いいさ。俺はこれでも、ゼタクトが誇る科学者の端くれだ」
蒼は立ち上がり、大きく伸びをした。 縁側の外、暗闇に沈む豊かな森を見据える。
「ケイオニウムは無くても、鉄も、炭素も、硫黄も……地球上に存在している基本物質はこの時代でも一緒なんだ。時代が違えど、頭の中にある知識でなんとか生き残ってみせる」
夜風が蒼の髪を揺らす。
瞳には、未来で幾多の絶望を乗り越えてきた戦士としての、そして未知を切り拓く探求者としての強い光が宿っていた。
「考えるのをやめたら、人も科学も前には進まない。俺は絶対に諦めないぞ!」
『……その意気です、マスター。ひとまずは、明日を生き延びるための現地素材の解析から始めましょうか』
平安の夜更け。
一人の未来の科学者と、彼を支えるAIによる、歴史の裏側のサバイバル生活が、今ここに改めて幕を開けた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
今回は、蒼にとって平安時代で初めての本格的な実戦でした。
未来では神すら撃ち抜いた主人公なのに、変身できずに逃げ回るという、なかなか情けないスタートになりました(笑)。
そして、本編の更新状況をお知らせするXのアカウントも、しれっと始めました。
蒼龍や鬼刃のイメージ画像など設定の裏話も更新していければと思っていますのでよろしければご覧ください。
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