人魚ベニーレ
祭会場には沢山の提灯と人だかりがあり、少し酩酊を感じるほどにどこか幻想的だ。
樹玄はさっそく汁蕎麦を食べて、わたあめに青色や黄緑があるとはしゃいでいる。
とりあえずわたあめを買って、見世物を見回る。
「あっちで猿回ししているらしいぞ」
「こっち、だ」
「ん?」
「こっち」
「なんだ?」
樹玄が少し離れた所から蜜秀の元に近づくと、そこには一件の出店。
金魚すくいなのかと想ったら、『人魚すくい』屋だった。
樹玄は息を呑んだ。
店主がほほえむ。
「見えてるんだね?いらっしゃい。選ばれし者よ」
「おお。1回いくらなんだい?」
「こちらは縁を感じた客人に、無料で提供している」
「ほう。代価は?」
「ないない。ベニーレは主人を選ぶ。この中のどれかが君を気に入るかもしれない」
「よく分からんが、近くで見てもいいか?」
「いいよ」
空中に浮いている水玉の中に、複数の小さな人魚たち。
その人魚たちの中でも、一匹が樹玄に気づいて嬉しそうに水玉から飛び出して来た。
思わず受け取り、手の中で跳ねているベニーレにおっかなびっくりする樹玄。
店主は「はっはっは。その子をあげるよ」と言って、育成書を渡した。
鉢に水を入れてベニーレを移すと、運びやすいように網袋を売ってくれた。
「本当にいいのかい?」
「いいんだよ。金持ちの道楽だ。気にしないで」
「ほうほう。ありがとう」
「いい、いい」
「名前とかあるのか?」
「ん?個体名を付けてあげてくれ。愛玩用に生まれた種族なんだよ」
「分かった」
選ばれし樹玄の人魚は、白い肌に水色の目、波打つ金髪に、桜色のうろこを持った姿をしている。
きゃっきゃと嬉しそうに笑った。
猿回しを見て、ちんどん屋を見て、歌手志望の歌大会を見て、子供相撲大会を見たあと少しそちらに寄付をして、舞台に踊り子たちが上がった頃、おでんを食べたい話になった。
愛庭橋近くには美味しくて安いおでん屋が出品しているとのこと。そちらに向かい、たまねぎのような飾りのついた橋の側の出店で蜜秀と樹玄はおでんを肴に酒を飲む。
ほろ酔いしてきた頃、橋の方で騒動が起きた。
様子を見に行くためにとりあえず支払いをして、現場に向かうふたり。
川で女が溺れているのを、周りの人々が助けに入っている。
その女子の服装から、舞台に上がったあとの踊り子のひとりだと樹玄は予測した。
蜜秀はその姿を見るや、人波から土手に駈けて行く。
慌てて樹玄があとを追い、女の背中をさすっている蜜秀を見つけた。
ぜーぜーとしていた咳混じりの吐息が落ち着いて来た女は、蜜秀を見つけた。
「あ・・・あんたさん!やっぱりや!」
「うん」
樹玄が蜜秀の名を呼ぶと、蜜秀が振り向いた。
「我の好いた女なり」
「ほ、なんと!何が起こっているんだっ?」
「おとっつぁんに、蜜秀がいるような気がしたから探してくる、って言ったら・・・誰かに川に落とされた」
そこに、騒ぎをききつけた見回り番がやって来て、事情を話す。
すでに彼女を川に落とした犯人は捕まっているようだ。
見回り番が、「あなたのご両親があなたの危ない愛好者に頼んだそうです」と言った。
顔色をいっそう悪くする美女。
「なんやのん、それ・・・なんなんや・・・」
「そなたがそれでいいなら、身請けしたい」
「・・・本当なの?」
「本当だ」
「それでええのん?」
「それでいい」
「あなた、でいいの?」
「うん」
美女は嬉し涙を流しながら、蜜秀に抱きついた。
蜜秀も微笑んで受け入れている。
樹玄はその様子を見ていて、網袋で背負っているベニーレに言った。
「君の名前は『ことぶき』にしよう」
――
――――・・・
妻を得るための契約に忙しくなるから、と、橋からの花火の絶景をひとりで見る樹玄。
今や提灯の明りが列を成して、とろりと会場を照らしている。
またひとつ、花火が上がった。
「綺麗だ・・・」
歓声や口笛も花火と共に上がっている。
いっそう大きな金色の花火が咲いたあと、解散。
樹玄は言伝通り、ひとりで帰宅した。
――
――――・・・
翌日。
蜜秀の自宅を訪ねる樹玄は、焼き鳥を持参していた。
背中には網袋で背負っている鉢に入ったベニーレの『ことぶき』がいる。
機嫌がいい蜜秀が「酒を出そう」と言ってくれた。
「うんうん」
「あのあと初恋の女は、今や我の妻なり」
「ほう。おめでとう」
「今は部屋で眠っているなりよ」
「分かった、分かった」
「それで・・・どうした、そのベニーレ」
「うん・・・それがな・・・」
「なんだ?」
「家に持って帰ったら、両親がイヤがったんだ・・・」
「・・・うん?」
「蜜秀・・・」
「なんだ?」
「ことぶきをお前に預けたい」
「そうきたか」
「ダメか?」
「うーん・・・まぁ、いいぞ」
「時々様子を見に来るから」
「分かった、分かった」
酒を酌み交わしながら、ふと樹玄は蜜秀に聞いた。
「奥方の名はなんと申される?」
「お茶の茶に瑠璃の瑠、で、チャルと言う」
今度挨拶をさせたもう、と樹玄が言うと、もちろんだ、と蜜秀は微笑んだ。
樹玄は蜜秀に、貴殿はもう友達なり、と言った。
蜜秀は、おかしなやつだ、とまんざらでもなさそうにつぶやいた。




