長く短い祭
窓際にはまだ陽が残っていて、窓枠分の陰が壁に差している。
たたきのように座れるようになっているその場所に、うちわを扇ぐ美女。
長い黒髪は涼しげに結ってあって、浴衣を着ている。
どこか気だるそうなのは、夏バテではなく・・・今日の夏祭りは外出が億劫だ。
鼻元でため息を吐いたのは、『あの男』のせい。
風鈴が風に揺れて意識の外で鳴っている。
『あの男』に自宅の連絡先は伝えたが、もう会える気はしない。
妖に襲われ、助けられた安心で気絶して、ケガもあって近くの宿で看病された。
なぁんにも、なかった・・・
礼はいい、と言われて、その男は金も身体も受け取らなかった。
それが妙に悔しい。
宿代は自分で払えと迎えに来た両親の前で言われて、
両親は身体の関係があったものだと思い込んで機嫌が悪い。
妖に襲われたことを頭の堅い両親や近所連中に話してはならぬ。
「魔素を吸い込んだら変異すると、瓦版が吹聴しよったから」
男はそう言って、直衣に付いているフードを肩に落とした。
はっと息を呑む私は、「獣人?」と思わず言った。
「ほぅ、妖に間違われるのかと思った」
耳が鷹の翼をしている美少年は、私よりいくらか年下だろうか。
ふと回想から思い立ち、窓の外から下の道を見た。
行き交う人々の間に、立ち止まってこちらを見上げている人物がいる。
「会いに来てしまったが、よかろうか?今日は夏祭りなりよ」
美声を透した少年は、今日は狩衣パーカーを着ている。
ジーンズにズック。
「あんた、どうしてくれんのっ?」
微笑した少年はのちに、「助けるためだとは言え唇を吸ってすまなかった」と言った。
――
――――・・・
「貴殿、苗字はなんと申される?」
「別に、蜜秀と呼べばいい」
「そうか。年は少し上か?」
「そうだなぁ。貴殿は十八なんじゃろ。我は二十四じゃ」
「貴殿ではなく、樹玄でいいぞ」
「分かった、分かった。この筑前煮美味いな。誰が作った?」
「母の手製なり」
「ほう。美味しかったと言っておいてくれ」
「分かった、分かった」
共に筑前煮を酒の肴に呑む。
「なぁなぁ」
「なんだ?」
「近々、祭りがあろうに。共に参ろうぞ」
「祭りかぁ・・・」
「何かその日用事でもあるのか?」
「いいや。ない。少し思い出がかすめての」
「ほう」
「好いた女と祭りに行ってから、どうも感慨深くてな」
「どのような女子だった?」
「陽の光をあまり受け付けない白い柔肌に、清潔な香りのする女だった」
「ほー・・・恋仲になったのか?」
「うーん・・・向こうの両親が酷くイヤがってな。自然と離れた」
「そうなのか・・・今は連絡取れないのか?」
「引っ越したらしくてな。行方は知れん」
「そうか・・・今でも想うておられるのか?」
「ああ、気になっている」
「何故会いにゆかぬ?」
「耳、だ」
蜜秀は鷹色の翼をした耳を動かして見せた。
「うーん。そなた、まさか獣人なりか?」
「ほう!もしかしたらそうなりよ」
「貴殿の母上は獣だったてことなりか?」
「いや。うっすら聞くに、母は人間なり」
「ほう。これいかに」
「母の父、私の祖父が獣人だったらしい」
「・・・ほーう。隔世遺伝ってやつか」
「そうそう。先祖返りだ。母はおそらくそれが耐えきれなかった」
「なるほど・・・」
「父が言いたくないのは情緒だろうと思っている」
「父上に話して貰ったんじゃないのか?」
「いや、小さい頃は親戚との付き合いがあったのだが、そのつてで聞いてしまった」
「ははーん」
「うん。今は特に親戚付き合いはないんだ」
「分かった、分かった」
――
――――・・・
祭り当日、合流した樹玄と蜜秀は挨拶を交わし、歩き出す。
「夜には花火が上がるんだろう?」
「そう言えば、最近引っ越して来たんだったか。なかなか見物だぞ」
「楽しみだ」
「愛庭橋から綺麗に見れるぞ」
「あにわ?聞いた事ないな」
「夜に参ろうぞ」
「うんうん。出店は何があるかな」
「焼きそば、わたあめ、りんごあめ、汁蕎麦、天ぷら、焼き鳥、たこ焼き・・・」
「全部いいな。魅力的だ」
「美味しそうのことか」
「うんうん」
「うんうん。今は思いついた分を言った。何か他にもあるやもしれん」
「ほう、うわさに聞いたんじゃが・・・」
「なんなり?」
「にんぎょすくい」
「にんぎょ?金魚ではなく?」
「うわさを聞いたんじゃ。手乗りの大きさの人魚」
「ほう。何を食べるんだ?」
「ボーロやしらすが好きらしい。金魚鉢で真水でも育つらしい」
「大きくなるのか?」
「いや、小さい成人種らしい」
「ほうほう。祭りの出店で?」
「まことしやかなんだがなぁ。ベニーレと言うらしいんだ」
「ベニーレ?」
「紅を入れるって意味だ。厄払いをしてくれるらしい」
「ほー・・・縁起物なのか」
「食べてはならんて。人魚は不老不死の伝説があるが、ベニーレを食べると天罰で死ぬんじゃと」
蜜秀は鼻のあたりで笑った。
「そうなのか・・・どこで知ったんだ?」
「瓦版だ」
「やっぱりか」




