坂ノ上樹玄の悩み
最近こちらの街へと越してきた十八歳の美青年、サカノウエ・ジュゲン。
里では坂下と丘と言う名前がいて、坂ノ上は立地状態から付いたものであるらしい。
聞いた事があるような珍しい名前だと言われる事がちょくちょくある。
「玄」の字で誤解されがちだが、親戚筋に医者はいるがその家系ではない。
生業も特に定まっていない、いわゆる普通の家みたいな生まれだ。
十八と言えば婚姻が許される年齢であるが、まだ伴侶はいない。
里で経験はしたのだが、この街に連れてくる程、情が合わさったわけではなかった。
勉学面でもまんべんなく平凡な人生をおくって来たような気がする。
読書好きな母からの遺伝と環境で、普通の程度なら文字の読み書きができる。
最近、父の夢だった庭付きの家に越してきた。
そこで父は家庭菜園を母と楽しんでいる。
ちなみに父は現在六十五歳、母は三十九歳だ。
樹玄は別に、それに悩んでいるわけでもない。
樹玄は悩みを抱え、ミツヒデの家を訪ねてみる事にした。
あの耳が茶色い翼をしている、不思議な魅力を持つ男・・・
苗字は知らぬが、名を「蜜秀」と言うらしい。
このご時世、一軒家に住んでいるのは金持ちの類いだと樹玄は思う。
蜜秀は家を一軒持っているらしく、意外と都会にその場所はあった。
閑静な住宅街に、普通に建っている上質な木材で出来た家。
そこまでを案内してくれたのは赤い着物の女児。
髪の毛を団子に結っていて、梅の花の飾りが付いている。
樹玄に一軒家を指差して、「ここだよ」と言った。
「ありがとう」
女児は嬉しそうに笑い、いつの間にかその姿は消えていた。
「・・・よしっ」
樹玄は声を透すか戸を叩くか一拍悩み、その場に突っ立っていた。
そこに向こう側から玄関門を横に引いて現れたのは長い茶髪の男。
派手な女物に見える羽織を着ていて、意外そうにまたたいた。
「ごめんよ」
「あ、こちらこそっ」
「うんうん。お友達?」
「え、あ、はい。そんなところです・・・」
「ふぅん」
「誰だ?」
笑いながら「それじゃあね」と言って、羽織を着た美しい男は馬車の出現に去った。
――いつの間にか馬車?
まぁ、偶然気づかなかっただけだろうと樹玄は思い直す。
振り向くとそこには蜜秀がいて、怪訝そうにされる。
「とりあたまの時の」
「・・・ああ、そちか。何用だ」
「ちょっとな。聞いて欲しい話があるんだ」
「なんだ」
「前に食べ物を何か持ってこいと言っていただろう?」
「ん?そうだったか。酒の肴がいいな」
「うんうん。それは聞いていたので、ほら、ホッケの一夜漬けだ」
「よかろう。酒はこちらで出そう。いける口か?」
「たしなむ程度」
「あがっていけ」
「ほう、ありがたい」
廊下を歩いている途中、会話をした。
「先程の方は、どなたか聞いてもいいか」
「ん?父、だ」
「えっ?若いな」
「うん。若い頃にできたらしい。十三しか年の差がない」
「ほうっ・・・母上はどのような?」
「まぁ、興味を持たれてしょうがない。母が誰かは知らん。父が語らない」
「その耳は本物か?」
「本物なり」
「素晴らしく美しい」
「・・・ほう。まぁ、いいさ」
酒の準備がされて、共に庭を望む縁側で呑む。
暗くなってくると発光する花が植えてあって、ちょうど見頃なのだと言う。
青白く光る花に、夜も近いのに蝶が舞っている。
七輪で焼いた一夜漬けのホッケと、透明な酒を呑みながら話す。
「どうやってここまで来た?」
「可愛らしい娘っ子に案内してもらった」
「ほーう」
「貴殿にもそういう事があるのか聞きたい」
「なんであろ」
「『見える』んじゃ・・・」
「何が?」
「・・・『霊』」




