51 侍女長の引き継ぎ
51 侍女長の引き継ぎ
銀灰妃目線
侍女長が、銀灰宮へやって来た。
扉を開けた侍女は、彼女の指示では動かなくなっていた。少し待つように言って、わたしに取り次ぎに来た。
待たされたことなど、久しぶりなのだろう。部屋に入って来た時、侍女長の口元は強張っていた。
「妃殿下。わたくし、年齢を考えまして、お暇をいただきたいと存じます」
「そう」
わたしは椅子を勧めなかった。
あの人も、わたしの教師には椅子を勧めなかったのだろうか。もう来るなと、どんな顔で言ったのだろう。
「長年、王妃殿下にお仕えしてまいりましたが、相次ぐご不幸に、さすがに堪えまして」
わたしは手元の紙に目を落とした。
「わたしの教師を断った時も、わたしが疲れていると言ったのね」
侍女長が、顔を上げた。
「そ、それは、殿下のお体を案じて」
「勉強したいと言ったわ。何度も」
返事を待ったが、なにも言わなかった。
「ジョシーがわたしの子供を侮辱した時も、あなたはここにいた。わたしを階段から落とした者を探そうともしなかった。ヴァレリーの持ち込んだ薬は、誰の検査を通ったの?」
「わたくしは、なにも……」
「そうでしょうね。なにもしなかったことが、たくさんあるのでしょうね」
廊下で足音がした。
ウィリアムが入って来た。後ろに役人を二人連れている。
「引き継ぎの書類を持って来ました」
侍女長の顔が、わずかに明るくなった。
「はい。もちろんでございます。次の侍女長には、わたくしが責任を持って」
「責任を持って、給金台帳と支出簿について説明してほしいのです」
ウィリアムは、わたしの前に紙を並べた。
「銀灰宮には、ずいぶんお金がかかっていたようですね。教師への謝礼も、お披露目のドレス代も、母上のための贈り物も。どれが届いたのか、母上に確認していただきます」
最初の贈り物は、知らない宝石だった。
次は、覚えのない絹。
衣装代の横には、わたしの署名に似せた文字があった。
「わたくしを、お疑いに?」
「確認よ。あなたはなにもしていないのでしょう。そう報告していたのだから」
侍女長は、ウィリアムを見た。
まだ彼女の腕に抱かれていた頃を、わたしは知らない。この人たちが、見せなかったからだ。
「殿下……わたくしは、幼い殿下にお仕えして」
「覚えていますよ」
ウィリアムがうなずいた。
「母上から子供を取り上げるのが、お上手でしたね」
その時初めて、侍女長の膝が震えた。
調べられたのは、侍女長だけではなかった。
ヴァレリーも、薬を届けた者も、命令を取り次いだ者も呼び戻された。
王妃が亡くなったことを口実に、書類を焼こうとした者もいた。ウィリアムは、それがどこに隠されているのか知っていた。
侍女長は、わたしへの侮辱を詫びた。
横領を認めたのは、その後だった。
王妃への忠誠だと言い続けたが、横流しした宝石は、彼女自身の金庫から出て来た。
爵位に連なる家の名前も、長年の奉公も、彼女を守らなかった。
身分と財産を失い、遠くの救貧院で働くことが決まった。支払えなかった分を、生きて償わせるのだと、マイクは言った。
最後の引き継ぎの日、彼女はわたしに会いたいと申し出た。
わたしは会わなかった。
「もう、用は済みましたから」
そう伝えるように頼んだ。
帰って来た侍女は、返事を預かっていなかった。




