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黒と青、金と青、銀と紫  作者: 朝山みどり


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50 王座を降りた男

50 王座を降りた男


ウィリアム目線


 ネルソンが拘束されると、王宮は忙しくなった。

 昨日まで陛下と呼んでいた相手を、今日からどう呼べばいいのか。役人たちはそんなことまで相談していた。


 王のいない執務室に、アレクとマイクが入った。

 机の上には、国王の裁可を待つ書類が積まれていた。


「これも罰の一種だな」


 兄上が言う。


「王になると言ったのは兄上だ」

「お前も、宰相がやるから問題ないと言っただろう」

「やらせればいい」


 マイクが答えた。窓辺から猫が一匹入って来た。

 俺の足に頭をこすりつける。手下の報告だ。


「ネルソンは、あの噂を否定するために、母親付きだった者を呼び寄せていた」


 俺は二人に伝えた。


「公爵の子かどうかか?」

「そう。牢に入ってからも、血筋の証明ができれば助かると思っている」

「公爵の実子だったら、自分の父を殺したことになるのにな」


 アレクは書類を置いた。


「噂の真偽は、もう関係ない。やったことだけで足りる」


 その通りだ。

 あいつがどこの男の子供であろうと、先王と公爵を殺した。

 祖先の名前で罪を軽くすることも、重くすることもない。


 俺たちは、ネルソンのもとへ行った。

 牢は、元は貴人の監禁に使われた部屋だ。寝台も、机もある。窓には鉄格子がはまっている。


「三人揃って、見物か」


 ネルソンが言った。

 髭が伸びていた。冠を外すと、思ったより頭が小さく見えた。


「なぜ、わたしを王にした」

「サンダース侯爵を捕らえてくださると思いました」


 アレクが素直に答えた。

 マイクは俺の隣で笑うのを堪えている。


「お前たちは、父親が殺されると知っていたのか」


 俺たちは黙っていた。

 ネルソンが立ち上がった。


「知っていたのだな。知っていて、行かなかった。お前たちは、父親を……」

「父上は、わたしたちを可愛がってくださいました」


 アレクが言った。

 声が少し低くなった。


「ですから、嫌でしたよ」


 ネルソンは口を開けたまま、兄上を見た。


「母上の家族も、父上を助けようとした護衛も、生きたかったでしょうね」


 兄上は、そこまで言うと黙った。

 俺は初めて、あの日の父の顔を長く思い出した。

 俺を可愛がった手だ。ママを傷つけた手でもある。

 後悔をすれば、なにかが戻るわけではない。俺たちは選んだ。父上を救わず、三人でママのところへ戻った。


「化け物め」


 ネルソンが言った。

 俺は少し嬉しかった。


「それを、お父上の前で言えましたか?」


 答えはなかった。


 ネルソンには、裁判を受けさせた。

 書類は公開され、傭兵を雇った金の流れは、重臣の前で一つずつ確認された。

 サンダースがやった。宰相が隠した。王子たちに騙された。

 ネルソンは相手を変えて訴え続けたが、自分が出した指示を消すことはできなかった。


 廃位と死罪が言い渡された。

 最期に言い残したいことはあるかと問われ、彼はアレクを呼べと言った。

 兄上は行かなかった。


 執務室で、先王襲撃に巻き込まれた護衛の遺族への支給額を、宰相と確認していた。

 まだ冠はかぶっていないのに、ずいぶん王らしくなっていた。


[楽しんでいるか、兄上]


 聞くと、少し考えてから返事が来た。


[ああ。母上を誰にも渡さずに済む]


 それなら、俺も手伝おう。


 部屋を出る時、マイクに袖を引かれた。


[ひとつ聞きそびれていた。王妃の部屋の凶器は、どうした?]

[猫で、窓から運び出した。鍵がかかっていたのは扉だけだったからね]

[やはり、お前か]


 あの日、ナタリーは王妃に呼ばれていた。

 俺に近づいたと責められ、解雇を告げられた。王妃の許しがなければ、次の勤め先もない。彼女が泣いてすがった時、王妃は机の果物ナイフを手に取った。

 イサドラの時も、パトリシアの時も、最後に困るのは目下の者だった。ナタリーはその場で、初めて逆らった。


[俺は窓の外で見ていたよ。王妃が死んだ後、あの女は俺を呼んでくれと言った]

[それで?]

[王子なら助けてくれると思ったんだろうね。でも、猫しかいなかった]


 待っても、助けは来なかった。

 廊下で足音がすると、ナタリーはナイフを自分に向けた。

 俺は、止められた。あの女が俺に期待するよう、仕向けたのも俺だ。


[踏み台のなかった侍女の時と同じか]


 マイクが聞いた。

 ネルソンの侍女も、逃げようとしていた。毒など盛っていないと、誰かに訴えるつもりだったのだろう。彼女を吊り上げた後、踏み台を探す必要はなかった。

 父上のもとへ知らせを運ぶ侍従は、俺の爪を知らずに死んだ。

 あいつらにも、助けを待つ家族がいたかもしれない。


[ママには?]

[話していない]


 マイクは俺の袖から手を離した。


[そうか]

 それ以上、聞かなかった。

 俺たちは、正しく裁くために生まれたわけではない。



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