43 葬儀にて
教会の奥は、香の匂いと白い花の匂いで満ちていた。
高い窓から落ちる光が、棺の上に静かに差している。磨かれた棺の木肌は淡く光り、その前に立つ四人の姿を、冷たく映していた。
銀灰妃は、しばらく何も言わずに棺を見つめていた。
ガルシア。
あの男がいなければ、わたしは王宮に来なかった。
来なければ、こんな目にも遭わなかった。
だが、来なければ、この子たちにも会えなかった。
胸の中に浮かぶ思いは、あまりにも入り組んでいて、自分でも笑いたくなるほどだった。
【こいつがいなければ、わたしは王宮に上がってないのよ。でもそうすればあなたたちに会えなかった】
銀灰妃が心の中でそうつぶやくと、すぐにアレクの声が返ってきた。
【そうだね。怨念も複雑そうだ】
その声は、いつものように落ち着いていた。
だが、口元にはうすい笑みがある。
【アレク、そうなのか?】とマイクが言う。
【あぁマイク】
マイクは棺に目を向けたまま、わずかに肩をすくめた。
【葬式は盛大にやろう。ネルソンとサンダースの顔が見たい】
【いい趣味してるね。マイク。同じ意見だけど】とアレクが返す。
銀灰妃は、ふっと息を吐いた。
この子たちは、本当に優しい。
そして恐ろしいほどよく見ている。
【しっかり、悲しみましょうか】
そう告げると、隣にいたウィリアムがすぐに寄って来た。
【ママ、僕、ずっと隣にいるよ】
銀灰妃は横にいるウィリアムを見た。
黒い髪、青い目。やわらかな笑み。
だが、その目の奥には冷たい光がひそんでいる。
【ウィリアムが? マイクのほうがサンダースが焦りそうじゃないか?】
【それなら、俺とウィリアムが両側で、アレクは王太子然とすればいいじゃないか?】とマイクが言う。
【それでいこう】とアレクが短く答えた。
銀灰妃は、かすかに口元をゆるめた。
「あなたたち、本当に頼もしいわね」
小さな声だったが、三人はそろって銀灰妃を見た。
その目は一瞬だけ年相応の子供のものになり、すぐにまた静かな仮面をかぶった。
葬儀は盛大だった。墓地の一角は常になく賑やかだった。
第二妃に実家の葬儀。前に彼女の両親、弟が亡くなった時はそそくさと埋められたと聞いている。
その時はガルシアは行方不明。第二妃は心痛で動けず、王子たちは生まれていなかった。
粗末な両親の墓碑に比べてガルシアの墓碑は豪華だった。
役人がやって来て恐る恐る質問した時の銀灰妃の答えで、王宮は震えあがっている。
「あら、ネズミにふさわしいとあなた方が決めたのでしょ? わたしがどうこう言えるのかしら?」
「実は僕は調べました。当時の事情を。王宮とは非情だなとおもいました」
その時のウィリアムは国王クリフにそっくりだったと。
やがて、弔問客が少しずつ増えはじめた。
教会の後方から、ひそやかな声が流れてくる。
「ガルシア様は王子様たちから慕われていましたからね」
「それにしても、運が悪いですね」
「犯人は? 極刑ですね」
「それが、アレク様が事故だからと許されたそうです」
「事故だから。ですか?」
「事故の殺人は許した前例があるだろうだと」
そこで声が止まった。
アレクがゆっくりと振り返ったのだ。
その顔には、非の打ちどころのない穏やかな微笑みが浮かんでいた。
だが、その微笑みは見た者の背を冷やすには十分だった。
「大叔父の死は、誠に残念です」
静かな声でそう言っただけなのに、ささやいていた者たちは一斉に口をつぐんだ。
「あの方はガルシア様を慕っておいででしたしね」
誰かが取り繕うようにそう言うと、別の者も小さくうなずいた。
「ええ、本当に……」
その場の空気は、いっそう重くなった。
葬儀は、盛大に行われた。
重い鐘の音が響き、白い花が運び込まれ、祈りの声が天井へとのぼっていく。
列席した者たちは皆、厳粛な面持ちを作っていたが、その多くは別のことを考えていた。
誰が次に死ぬのか?。
あの日、笑った者たちは覚えられているのか。
王子たちはどこまで知っているのか。
そうした怯えが、香の煙のように、会場の隅々まで漂っていた。
やがて、アレクが前に進み出た。
まだ若い王子でありながら、その立ち姿はすでに堂々としていた。
喪の黒がよく似合う。
王太子然としろというマイクの言葉通り、誰が見てもこの場の中心はアレクだった。
アレクは棺の前に立つと、静かに口を開いた。
「大叔父のガルシアが、ここで多くの知己を得て活躍しておりました。残念です」
短い挨拶だった。
だが、だからこそ響いた。
余計な言葉を重ねず、悲しみも怒りも、すべて胸の奥にしまいこんだ声音。
列席者たちは、若き王子の節度に感心したふりをしながら、別のことを思った。
この短い言葉のどこまでが本心なのか。
アレクは一礼して下がった。
すると左右にいたマイクとウィリアムが、自然な動きで銀灰妃のそばに寄った。
誰が見ても、母を支える息子たちだった。
銀灰妃はまぶたを伏せた。
泣こうと思えば泣けただろう。
だが、涙は出なかった。
代わりに、胸の中で静かに笑う声があった。
見えますか? お父様、お母様、ウィル。
わたしはひとりではない。
葬儀のあと、教会の外ではなおも人々が列を作っていた。
その中で、サンダース侯爵は迷いのない足取りでマイクのそばへやって来た。
老いた顔には、悲しみと疲労が刻まれている。
けれどその目は、まだ何かを求めていた。
「今後は遠慮なく頼りなさい」
その言葉は、いたわりのようでもあり、すがりつくようでもあった。
マイクは一瞬だけ相手の顔を見上げ、それから柔らかくうなずいた。
「ありがとうございます、侯爵」
声音は穏やかだった。
だが、その返事を聞いたサンダース侯爵の背筋には、説明のつかない寒気が走った。
頼られているのは自分ではない。
試されているのだ。
そのことを、侯爵は本能で感じ取った。
そこへ、国王ネルソンも姿を見せた。
喪服に身を包んだ国王は、いかにも痛ましげな表情を作っていた。
周囲は道を開け、頭を下げる。
ネルソンは棺の前で足を止めると、低い声で言った。
「頼りになる人材をなくした」
その言葉は、まるで政務の一部を失ったことを惜しむようでもあり、古い知人を悼むようでもあった。
ガルシアは死んだ。
だが、終わりではない。
教会の鐘が、もう一度鳴った。
その音は静かに、けれどはっきりと、王宮じゅうに広がっていった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




