首輪
「三千代もだいぶ落ち着いたよ。例の『夜の梅』を少し切り分けてやったら、久しぶりに美味そうに食べてくれた。後で、スイカもみんなで食べようか、、、おや、随分と甘い香りがするな」
山本が居間に腰を下ろすと、高木が木箱と氷水が入った丼を差し出した。
「提督、暑さでお疲れでしょう。長岡から取り寄せました」
「おっ、川西屋の酒まんじゅうか! さすがだな清寿くん、これだよ!」
山本は頷き、それを木箱から二つ取り出し、静かに丼の中へと滑り込ませた。
「こうして、饅頭を泳がせるんだ。皮が引き締まって、喉越しが格段に変わる」
山本はスプーンを手に取り、丼の中で浮かぶ皮を優しく押し潰す。
饅頭の生地が氷水と混ざり合い、丼の中の水がうっすらと白濁していく。
酒の香りと餡の甘みが氷水と一体化し、とろりとした極上の涼味へと姿を変えた。
山本はそれを、スプーンで残さず掬い取って口に運ぶ。
「うむ、、、この酒の香りと、冷たさが五臓六腑に染み渡る。長岡の夏を思い出す、やはりこれに限るな」
山本が満足げにそれを口に運ぶ隣で、石原莞爾はカップの底に分厚く沈殿した砂糖をスプーンでかき混ぜ、ジャリジャリと音を立てながらコーヒーを啜った。
「石原、どうだ?一つ食うか? わたしの故郷、長岡の川西屋名物酒まんじゅうの最高に美味い食い方だ。今の時期には最高だよ」
山本が勧めるが、石原は興味なさげに冷めた目で見やった。
「山本少将、甘味は脳の栄養だ。砂糖だけで十分だ。今の私に咀嚼は不要だ。」
「ほう。まあ、理屈ばかりでは腹も減るだろう。清寿くん、吾妻にも一つやるか」
山本が頼に視線を投げる。頼は礼を言い、引き締まった皮を一口で頬張った。
ひんやりとした喉越しと、酒粕の芳醇な香りが広がる。
「美味いですね。理屈ではなく、実際に口にして初めて分かる味があります。」
石原の眉がピクリと動く。
山本は気にした様子もなく、スプーンで残りの饅頭を優しく割った。
「なあ石原。お前さんの理論も、たまにはこうして冷やしてみればいい。熱くなりすぎると、肝心な『中身』まで台無しになるぞ」
石原は無視するように、砂糖の溶け残りが入ったコーヒーを最後の一滴まで飲み干した。
「山本少将、今、あなたが高木の奥方を見舞っていたとき、吾妻と面白い話をしていたところだ。兵站と管理を融合させれば、現場の暴発は封じ込める。人間を変える必要はない。欲望も、激情も、戦意も、それ自体は力だ。問題は、その力をどこへ向けるかだ」
石原の言葉には、狂信的な自信が宿っていた。
「高木。」
「はっ。」
「明朝一番、この件を作戦課にかける。今夜中に思案をまとめておけ。」
「承知しました。」
山本は水まんじゅうの甘い余韻を楽しんだ後、石原をまっすぐに見つめた。
「ほう、、、それは興味深いな。石原の話が事実なら、現場の獣を檻から出さない鍵になるかもしれん。海軍としても無関心ではいられんな」
頼はその二人の巨星を、紅茶越しに観察する。
(思考の同期、完了。石原莞爾というOSに、私の書いたパッチが『自律的な解決策』として完全に書き込まれた――だが、これは飼い慣らしたわけではない。猛獣の本能を残したまま、檻の形だけを変えたのだ)
隣室で眠る三千代の咳の音。
居間に漂う、水まんじゅうの芳醇な香りと、石原の砂糖の甘ったるい匂い。
歴史の歯車は、この甘美な食卓の上で、静かに噛み合った。




