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未来への頼み-アパートの鍵を握りしめたまま、俺は旧日本海軍士官になった-【異世界年間最高104位/歴史日間最高9位/チート無歴史IF】  作者: 山口灯睦
第7章 1935年4月-

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初期化(イニシャライズ)其のニ

午前8時、芝浦。


潮騒と、雪を跳ね飛ばすような軍靴の音。


静止した帝都の沈黙を破り、鉄の規律が岸壁を埋め尽くしていた。


「吾妻中佐! お待ちしておりました!」


山崎が、頼の前で完璧な敬礼を捧げた。


背後には精鋭たる、ベ式自動短銃を装備し整然と隊列を組む海軍特別陸戦隊。


「山崎、早いな」


「頼、お前の『予言』通りだ。上層部はまだ寝惚けていたが、俺の独断で第一種武装を整えさせた。どうする、頼。俺の部隊の『射界』は、どこに向ければいい?」


頼は、懐から一枚の地図を取り出した。


「山崎、お前の部隊の役割は『戦闘』ではない。この一帯の『隔離』だ」


頼は計算尺を取り出し、地図上の数点を指し示した。


「反乱軍の補給路、および通信線をすべて断つ。奴らは『熱狂』という名の燃料だけで動いている。燃料を断てば、数日で沈没する。一発も撃つな。だが、一歩も通すな。海軍がここに『壁』として存在すること。それが、あの中途半端な陸軍上層部への最大のデバッグになる」


「了解した。だが頼、彼(石原)はどうする? あの男、今ごろ参謀本部で狂いそうな面をしているはずだぞ」


「彼には、俺が直接『数字』を届けに行く。山崎、お前の部隊の背後は、この俺が保証する」


山崎は不敵に笑い、再び直立不動の姿勢に戻った。


「吾妻中佐! 海軍陸戦隊、ただいまより帝都の『重心』を確保いたします!」


午前10時、三宅坂・参謀本部。


反乱軍に包囲されたその建物の中で、石原莞爾は荒れ狂っていた。


「討伐か、説得か」という空虚な議論が空転している。


そこへ、雪の匂いを纏った一人の海軍中佐が、平然と姿を現した。


「石原大佐。随分と、重心の悪い部屋ですね」


石原は、頼の顔を見るなり机を叩いて立ち上がった。


「吾妻! 貴様、この状況で海軍が芝浦に陸戦隊を上げたのは何の真似だ! 挑発か!」


頼は無言で、石原の机の上に、血の染みが残るあの「計算尺」を置いた。


「挑発ではありません。デバッグです、石原大佐」


頼は冷徹な声で、石原のプライドを抉るように告げた。


「あなたが信じた『意志』の結果が、この雪の惨劇です。陸軍は、その引き金すら制御できないことを証明した。今、山崎少佐の部隊が帝都のライフラインを完全に掌握しました。海軍の許可なく、反乱軍は一歩も動けず、一食も食えず、一発の電信も打てません。あなたは、自分が育てたこの陸軍という巨大なバグを、自力で消去できますか? できないのなら、海軍われわれのやり方で、この国を一度『初期化』させていただきますが」


石原の顔から、余裕の笑みが消えた。


「石原大佐。あそこに並ぶ陸戦隊の指先には、三八式のような情傷センチメンタリズムは宿っていません。備わっているのは、一分間に五百発の鉄弾を叩き出し、眼前のノイズを物理的に消去する論理だけだ。あなたが『情熱』と呼ぶその不確定なエネルギーを、私は数秒の掃射でゼロにできる」


石原は頼が置いた血塗られた計算尺を、汚物を見るような、あるいは聖遺物を拝むような複雑な目で見つめた。


石原は自嘲気味に笑い、軍帽を深く被り直した。


そしてその指先が、机の上に置かれた計算尺の、黄ばんだセルロイドと竹の継ぎ目を、一瞬だけ慈しむようになぞったのを頼は見逃さなかった。


永田鉄山が手に取り、その最期の血を吸わせた、この世に二つとない「共犯の証」


石原は、頼の冷徹な数字の奥底に、今も消えない永田の「熱」が宿っていることを、その指先の感触だけで悟ったのかもしれない。


「吾妻、、、お前の数字は確かに『退屈』だが、この汚れた雪を片付けるには、ちょうどいいほうきにはなったようだな」


「箒、ですか」


頼は感情もなく答えた。


「ええ。ただし、この箒は血を吸いすぎている。扱いには、細心の注意が必要です」


「ハッ、違いない」


石原は外套を翻し、部屋を後にした。


その足音は、自らが招いたバグに追い詰められた敗北者の、しかしどこまでも傲岸なリズムを刻んでいた。


石原の足音が遠ざかり、執務室には再び雪の日の静寂が戻った。


頼は主を失った机の上から、計算尺を静かに手に取る。


指先に残る竹の感触は、驚くほど冷えていた。


頼は窓の外、雪に煙る帝都の街並みを見下ろした。


視線の先、芝浦の岸壁には、今も山崎率いる「鉄の壁」が音もなく展開しているはずだ。


『山崎、お前の部隊の射界はこの計算尺が保証する。撃たせるなよ』


出発前、そう告げた自分に対し、親友は不敵に笑って応えた。


『わかっている、頼。一発も撃たせずに終わらせるのが、俺たちの仕事だ』


二人の間で交わされたその「演算結果」に、もはや誤差ノイズの入り込む余地はない。


頼は計算尺を丁寧にケースに収め、軍帽の鍔を指先で整えた。


雪は降り続き、帝都の歴史は、頼の弾き出す「冷徹な解」に向かって、静かに滑り始めた。

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