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未来への頼み-アパートの鍵を握りしめたまま、俺は旧日本海軍士官になった-【異世界年間最高104位/歴史日間最高9位/チート無歴史IF】  作者: 山口灯睦
第7章 1935年4月-

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雪の前奏曲(プレリュード)

1936年(昭和11年)2月22日


霞が関・海軍省次官室


「吾妻、これをどう見る」


海軍次官・山本五十六は、熱い茶の入った湯呑みの横に陸軍内部の不穏な動静を記した極秘報告書を放り出した。


「計算尺を弾くまでもありません。三宅坂(陸軍)の重心は、すでに物理的な限界を超えて傾いています。いつ転覆してもおかしくありません」


頼は感情を排して答えた。


山本は欠けた指で机を叩き、窓の外の寒空を見上げた。


「海軍は、陸軍の心中に付き合う気はない。だが、帝都が火の海になれば陛下をお守りせねばならん。横須賀の山崎少佐。彼なら、お前の言葉一つで動くか?」


「私と山崎は、呉の『神通』で同じ釜の飯を食った仲です。私の弾く数字に、彼が異を唱えたことは一度もありません」


「よろしい。ならば、お前の『デバッグ』を許可する、現場を整えてこい」


山本は、去り際の頼の背中に声をかけた。


「吾妻、お前には何が見えている。いや、よせ。お前の弾く数字は、時に知りたくない真実まで暴き出すからな」


山本は自嘲気味に笑い、一枚の白紙の辞令を机に置いた。


「お前がこれから行う『工作』は、平時なら軍法会議ものだ。だが、もし事が起これば、この国に『正気』を残せるのはお前だけかもしれん。責任はすべて俺が持つ。暴れてこい」


頼は無言で深く頭を下げた。山本が口に出さずとも、その背中が「海軍の誇り」を頼という一個の中佐に託したことを、静寂が物語っていた。


同日深夜


海軍省・艦政本部


頼は、独り静まり返った執務室で、山崎が水雷長を務める最新鋭駆逐艦の「公式試運転計画書」を広げていた。


本来、その艦の試験海域は相模湾沖である。


だが、頼は万年筆の先で、その航跡コースをミリ単位で「修正」していった。


『新型無線機の冬期障害試験および、接岸時の電波干渉調査。実施場所:東京湾内・芝浦付近』


頼は、あの日永田鉄山の血を吸った計算尺を使い、駆逐艦が「偶然」にも2月25日の深夜に芝浦の岸壁へ接岸し、26日の朝をそこで迎えるためのスケジュールを逆算した。


燃料の配分、バラスト水の量、さらには「演習用」の名目で積み込ませる陸戦隊の弾薬数まで。


(書類上のバグは、すべて消去した)


頼は書類に艦政本部の公印を捺した。


それは、海軍省の官僚組織という巨大な機械をハックし、一隻の軍艦と一個の陸戦中隊を、歴史の特異点へとテレポートさせるための「魔法の呪文」だった。


頼が綴った『試験計画書』には、公式な文言の合間に、呉の時代に二人で使い古した砲術用語が符牒ふちょうとして紛れ込ませていた。


横須賀でこれを受け取った山崎は、一読して頼の「警告」を察した。


「ハハッ、相変わらず回りくどい男だ」


山崎は笑いながらも、その瞳には戦士の火が灯っていた。


周囲が「演習」の名目に油断する中、山崎だけは独断で全艦の弾薬庫を開放させた。


「頼が『雪が降る』と言えば、地獄でも雪が降る。あいつが座標を指定したなら、そこが世界の中心だ。信じない理由がどこにある」


階級を超えた「同期」という絆が、組織の硬直を突き破り、一隻の猛獣を帝都へと解き放った。


2月25日の夕刻、横須賀を出港する山崎の駆逐艦には、海軍省からの「至急・機密連絡」が届いていた。


『2月26日、雪予報。試験デバッグ開始は未明。忘れ物がないようにしろ』


頼は海軍省の屋上に立ち、東京湾の暗い海を、そしてその先に眠る帝都の街並みを見つめていた。


懐から取り出した計算尺の目盛りは、深夜の微光を浴びて、鈍く、しかし鋭く銀色に光っている。

指先に残る永田の血の記憶が、熱を帯びて拍動ノックしていた。


「山崎。お前がその『重心』を維持して芝浦に現れる確率、九十八パーセントだ」


頼は独りごちて、計算尺をケースに収めた。

明日の朝、帝都を白く塗り潰すのは、天からの祝福ではない。


それは、不合理バグを焼き尽くすために用意された、最も冷酷なキャンバスだ。


頼は軍帽を深く被り直し、誰もいない廊下へと歩き出した。


その足音は、雪の夜へと消えていく。


1936年2月26日未明


歴史という名の巨大な数式が、ついに「解」を求めて暴走を始めた。

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