帰着
翌朝。
名古屋での休暇もあっという間に過ぎ去り、迎えた出発の日。
名古屋駅のホームには、名残を惜しむ静、恵子、そして保の姿があった。
「頼くん、燈、体に気をつけるんだよ。絢ちゃんも継くんも、またおじいちゃんとおばあちゃんのとこに遊びにおいでね」
保がしゃがみ込み、名残惜しそうに孫たちの頭をなでる。
静と恵子も、燈や子どもたちとしっかりと手を握り合い、温かい笑顔で見送ってくれた。
汽笛が鳴り響き、特急列車「富士」がゆっくりとホームを滑り出す。
窓の外で大きく手を振り続ける家族の姿が、だんだんと小さく、遠ざかっていく。
「また来るね!」
「おじいちゃん、おばあちゃんまたね!」
絢と継は窓ガラスに張り付いて名残惜しそうに叫んでいた。
名古屋駅で別れを告げたあと、燈が風呂敷包みを解いた。
「お義母様が、車内で食べなさいって持たせてくださったの」
そこには、大ぶりの塩むすびと、地元の漬物が丁寧に包まれていた。
車窓を流れる田園風景を眺めながら、絢と継は嬉しそうにおにぎりを頬張る。
頼も一つ手に取り、口に運ぶ。
噛みしめるたびに広がる素朴な塩の味わいが、名古屋の空気とともに、頼の心に深く沁み渡った。
長旅の疲れと心地よい眠気が押し寄せてきたのか、やがて二人とも燈の膝や座席でコテンと小さな寝息を立て始めた。
窓の外を流れる景色が、田園風景から次第にビルや家々の密集した都会のそれに変わっていく。
夕暮れ時、列車は東京駅へと滑り込んだ。
ホームに降り立った瞬間、名古屋の湿った緑の風とは違う、東京特有の熱気と乾いたコンクリートの匂いが鼻腔を突く。
車内で目を覚ました絢と継は、すっかり元気を取り戻しており、東京駅の賑やかな人波に目をパチクリとさせていた。
「さあ、おうちに帰ろうか」
燈が二人の手を引き、頼が重たい荷物を持ち上げて、東京駅からは省線のホームへと向かう。
環状線を走る電車に乗り込み、車窓から眺める景色は、次第にビルや家々の密集した都会のそれに変わっていった。
やがて列車が目黒駅に到着すると、四人はホームへ降り立ち、上大崎の住宅街へと歩き出す。
夕闇が迫る中、懐かしい我が家の重厚なコンクリートの門が見えてくると、子どもたちは「ただいまー!」と駆け出した。
鍵を開けて玄関をくぐり、ひんやりとした壁の感触に迎えられながら家に入る。
長い旅の終わりに、燈が手際よく支度してくれた簡単な夕御飯を家族みんなで囲むと、旅の疲れと安心感が心地よく体を包み込んだ。
その夜、子どもたちが寝静まった静かな部屋で、燈がそっと頼の隣に座った。
「頼さん、、、私には、お仕事や背負っていらっしゃるもののお手伝いはできませんが、せめて妻として、頼さんがまた東京で戦うための場所として守り抜くことは、私に任せてください」
頼は、妻の静かな決意を受け止めるように、その手の上に自分の手を重ねた。
「ああ、ありがとう、頼りにしている。あの時竹島で誓った言葉の通り、俺は必ず君のもとへ帰ってくるよ。だから子どもたちを守っていてほしい」
頼の言葉に、燈はホッとしたように柔らかく微笑み、小さくうなずいた。
灯りを落とした寝室には、規則正しい子どもたちの寝息だけが穏やかに響いている。
言葉を交わす必要などもうなかった。
二人は暗闇の中でそっと手を繋ぎ、この穏やかな時間がいつまでも続くことを祈るように、静かに目を閉じたのだった。




