穏日(おんじつ)
滞在を許された短い休暇も、早くも折り返しの三日目を迎えていた。
名古屋の青空の下、この温かな時間があと少しで終わってしまうという名残惜しさを胸に、吾妻家の朝餉の膳には、前日と変わらぬ温かな赤だしと香ばしい川魚が並び、子どもたちの賑やかな声が響いていた。
「おばあちゃん、これおいしい!」
絢が笑顔を見せると、静が目を細めて
「おや、それはよかった。もっとお食べなさい」
と器に料理をよそってやる。
そんな和やかな食卓の空気を眺めながら、頼は母・静に向き直り、穏やかに切り出した。
「お母さん、今日は、四人で斎藤の家に行きたいと思います。燈も実家でゆっくりしたいと思いますので、、、」
「そうだねぇ。恵子さんも、孫たちの顔をまた見られるって首を長くして待っているよ。ぜひ行ってあげなさい」
静が嬉しそうに目を細めると、燈も
「お母さま、ありがとうございます」
と柔らかく微笑んだ。
朝餉を済ませたあと、頼たちは吾妻家から歩いて二、三分ほどの距離にある燈の実家――斎藤家へと向かった。
まだ土が剥き出しの路地を、絢と継の手を引きながらゆっくりと進む。
吾妻家から吹く心地よい風を感じつつ門をくぐると、待ちわびていた保と恵子が優しい笑顔で迎えてくれた。
和やかな座敷の縁側から庭の木陰を眺めながら、恵子は愛おしそうに娘の横顔に視線を落とした。
「燈、こうしてゆっくり顔を見るのは久しぶりね。東京の暮らしはどう?頼さんが建てた立派なコンクリートのお家に住んで、一人で絢ちゃんと継くんの世話と家事とで大変じゃない?」
恵子が差し出した冷たいお茶を受け取りながら、燈はふうっと柔らかな息を吐いた。
「お母さん、ありがとうございます。東京の家は頑丈で頼もしいですし、慣れてしまえば心地よいですよ。それに、頼さんが忙しい合間を縫って子どもたちの相手をしてくれるので、心細くはありません」
「そう、あの頑丈なお家は、頼くんが家族を守るために建てた城みたいなものだからねえ。ドイツから帰ってきたばかりの保さんも、『頼くんの防壁は本物だ』って感心していたよ」
母のその言葉に、燈の胸にじんわりと温かいものが広がる。
東京の喧騒から離れた熱田の空気の中で、母娘水入らずで肩の力を抜くこの時間こそが、燈にとっても何よりの休息になっていた。
座敷の方からは、絢と継の楽しげにはしゃぐ声が響いてくる。
二人は恵子と保に囲まれ、はじめて来る名古屋をすっかり気に入った様子ではしゃぎ回っていた。
戦争の足音がどれほど遠くで響いていようとも、この熱田の杜には、変わらない穏やかな時間が流れていた。
夕暮れ前、再び吾妻家に戻ると、座敷からは絢と継の楽しげな笑い声が響いていた。
旅の疲れが出たのか、絢と継は夕餉を終えるとほどなくして心地よい眠気に落ち、静かに寝息を立て始めた。
和やかな居間の隅で、頼と燈は、静と茶を囲みながら、名古屋での一日や東京での暮らしについて静かに語り合った。
離れて暮らす親たちに子供たちの元気な様子をたっぷり伝え、つかの間の温かな団欒の時間を慈しむように味わう。
そうして深い夜の静寂が吾妻家を包み込む頃、頼たちもまた、明日への英気を養うように床についたのだった。




