1014 特売と簡単料理
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「どうしたの?光輝。何かあった?」
四人でZストアに入った早々、果物売場と野菜売場との間で黒生が足を止めたのを智下が気付いて声を掛けた。その声に引っ張られるように、前を歩いていた俺と智樹が振り向くと、黒生は山なりになったワゴン台の前で顎に手を当てて考え込んだ後、財布を出して中身を確認するとそれを諦めたのか項垂れた。
「何?これって...梅?買うの?」
「...かなり安いから買おうかと思ったけど、お金が足りなかった」
「へぇ...梅って結構するのね。梅干しでも作るの?」
「...ん。でも今日は買えないから明日また買いに来る事にする。他にもお塩とか買わなくちゃだし」
餌を目の前にお預けを食らった犬のように、その山を見つめる黒生。結構な金額だけど、これでも安い方なのか。俺も今は手持ちが千円程しか無いから、お金を貸す事も出来ないし、智樹も智下も学校には小銭程度しか持って来てないみたいだ。
「あら。おうちの人にお使いでも頼まれたの?この梅は今日と明日の目玉商品だからね。少し傷があるのと、虫が入ってるのが混ざってる以外は美味しく梅干しが浸かるだろうって農家の人が言ってたわよ?」
「...でも今日はお金が足りないから、明日来ます」
「え?明日?学校帰りにって事?そうするとこの時間帯よね。もしかしたら売り切れちゃうかも。おうちの人に、早目に買いに来てくださいって言って貰える?」
「...ぇ?買え...ない?」
通り掛かった店のオバチャンが黒生に声を掛けたのだが、その言葉に絶望の表情を見せる黒生。
おおう。それ程にか。ううむ。こりゃ、どうするべきか...
「なあ、黒生。いくら足りない?オレたちの持ち金を出し合えば何とかならないか?」
見かねたのか智樹が提案すると、それに対して智下が抗議の声を上げる。
「は?ちょっと待ってよ!あたしはせいぜいおやつを買う程度の小銭しか持ってないわよ?」
「でも、出し合って足りるなら問題無いだろ?違うか?それにオレたちは勉強しに行くんであって、おやつ食いながら駄弁りに行くんじゃないからさ」
智樹の前向き且つ真っ当な意見に、智下はぐぬぬと言葉を飲み込んだ。とは言え、育ち盛りな中学三年生。少ない給食で夕飯まで保たせるには少々難がある。
部活であれば体を動かして空腹を誤魔化す事が出来ても、これから苦手な教科に挑まなくてはならない立場としては糖分補給は有効且つ必要な手段だ。そして智下にとっては毎日の小さな楽しみのひとつだった。それを諦めよと言われれば、例え相手がクラス1のイケメン男子だろうと易々と受け入れる訳にいかないのだ。
「...夕飯の材料も買わなくちゃだから、丸々足りない。お塩は明日でも良いけど、作るなら2キロ買いたいから...」
「って事は消費税も入れると2500円...か。俺、1000円くらいしか無いな」
「悪い、オレは500円くらいだ」
「あたしだって300円くらいしか持ってないわよっ!それに飛弾は夕飯の材料を買って帰るんでしょ?それを使ったら駄目じゃない!」
そうだった。今は俺の夕飯の材料を買いに来たのであって、偶々黒生の買いたい物が安く並んでいるに過ぎない。それに俺だけでなく黒生も夕飯の材料を買う必要があるらしい。その為のお金も回せば足りるのかも知れないが、優先するのは梅ではなく夕飯の材料だろう。
俺は、自分の為に喧嘩を始めそうな二人に小さくなる黒生に、ひとつの提案をする事にした。
「なあ、光輝。勉強の後にまた立ち寄れば良いだろ。お金ならうちに行けばあるから貸すよ。他の買い物もその時にすれば良いし。そのくらいは付き合うよ」
「...ぇ?でも...」
「ん?真実、黒生ならオレと同じ学区だから、荷物はオレが持ってってやるぞ?」
「智樹。学校の鞄を持って、更に2キロの荷物を持つつもりか?結構距離があるんだろ?」
「それもそうか。でも良いのか、真実は?」
「そんなに遅くならなけりゃ大丈夫だよ。それに土日とも道場の帰りは車やバスだったから、体を動かし足りないんだ。丁度良いよ」
「そうか...だってよ、黒生。今日は真実に甘えておけ」
相談は終わったぞ、と振り向くと、蚊帳の外だった当の本人の黒生が困ったような顔をしていた。それもそうだろう。自分の問題が自分なしに決まってしまったのだから。
「さあ、そう決まったら、さっさと買い物を済ませて真実の家に行くか」
キッチンで食材をしまう俺はホクホク顔だ。黒生が旬の野菜、いつもより安くなっている物を的確に教えてくれたから。同じ金額でいつもなら四品前後しか買えなかったのが、二品は多く買って来れたように思う。今まで売り出しがいつか分からなかったから、行き当たりばったりだったからな。これからチェックするようにしよう...どうやってかは今後の課題だけど。
「お茶と紅茶、どっちが良い?」
「あっ!あたしは紅茶の冷たいのが良い!」
「おいおい、智下。だからここにはジュースとかは無いって言っただろ?オレは紅茶な。勿論熱々ので良いぞ?」
「そうだったわね。昨日はジュースが出たから、無いって言っても少しくらいはあるかと...」
「は?ジュースが出た...だと?」
智下から聞き出した智樹が驚愕の表情を見せる中、黒生はお茶出しを手伝うとリビングからキッチンへと来ていた。
ううむ、やっぱり黒生はキッチンに慣れてるな。それに引き換え、智下はそんな素振りすら見せない所を見ると、普段から手伝いはしていなさそうだ。当然、ソファに寛いでいる智樹もだが。
「...今日は煮物にする?なら勉強の前に進めておけば最後まで見てられるけど」
「ああ、そうか。後からだと火を掛けっぱなしで出ていく訳にもいかないし」
俺は智樹と智下に紅茶を出して料理を先に済ますと断り、キッチンに戻った。
「...ん。じゃあ春ジャガイモ使って煮物を...こうして毎日一品ずつ作り置きを増やしていけば、毎日数種類のおかずが食べれるし、一日一種作れば良くなるよ。でも、冷蔵庫だと2~3日しか保たない物が多いから注意してね。あと、いつ作ったかメモしておくと良いかも」
「へぇ、成る程。確かに冷凍してもいつか悪くなるだろうからな。珠に使いかけの調味料が冷蔵庫の奥で何年も眠ってたりするし」
使う材料を並べながら教えてくれる黒生。
煮物は好きだけど、どうも作るのは苦手なんだよなぁ。まぁ、その原因は俺の料理はほぼ独学だからなのだが。今では何とか食える味になったチャーハンを例に上げると、初めて作ったチャーハンは何故か真っ黒でベチャベチャなリゾットみたいな物体Xだった。フライパンで炒めたのに、どうしてこうなった?と。真っ黒だったのは味付けに投入したソースの色、ベチャベチャになったのは卵も使わずソースの量が多過ぎたから?今となっては分からない。勿論それを口にしてみたが、うっすらとソースの味がするのだが、圧倒的に塩コショウの味が足りない。寧ろそれが隠し味になって甘さを感じるという、何かの罰ゲームに出された未知の食い物だった。
そんな過去が、未だに簡単な茹でる、焼く位しか出来ない、何ともお粗末シェフ(ごっこ)を作り上げていた。勿論、味付けは食品メーカーの簡単調味料に頼った物であった。
他に出来ると言えば、家庭科の授業で作った味噌汁や小学校のキャンプで作ったカレーライスくらいである。よくそれで今まで倹約しながら生活して来れたと思う。
「あれ?何かカレーを作っているみたいな...」
「...途中まではカレーとほぼ同じ。味付けを変えれば肉じゃがにもカレーにもなるから、途中で別の鍋に小分けしてカレーを作っても良いよ」
「ええっ!?じゃあ肉じゃがって意外と簡単!?」
「...味付け次第。味付けに自信がない人にはこれをベースにすると良い」
そう言って冷蔵庫からボトルを取り出す黒生。
「ええっ!?めんつゆ!?」
「...ん。これにお醤油やみりん、お砂糖を足して味を整えるの。煮込んでも良いけど、炒めても美味しいよ?」
おおう!何だか一気にレパートリーが増えていくぞ?今まで食べていくのに必要だったからやっていた料理だったけど、何だか楽しくなってきたな。分量も教えて貰った事をメモりながらだから、次に一人で作ってみてどう違うか楽しみだ。
「何だか楽しそうね、あっちは」
「そうだな。オレとしては黒生があんなに喋るキャラだとは思ってなかったから、そっちの方が気になるけどな。で?手を止めたって事は問題が解けたのか?」
「えっ!?いや、まあ、程々に?」
「程々にって何だよ。オレが教えてやってるんだぞ?さっさと解けよ」
「(いやあああぁぁぁ!こんなスパルタだなんて聞いてな~い!) あ、そうだ。土日に何があったのか聞きたそうにしてたよね?教えてあげても良いよ?」
「...それは気になるけど、問題を解いてからだな」
「あぁ!誘導に失敗したっ!!」
小松菜 モロヘイヤ ピーマン オクラ (春)馬鈴薯 らっきょう しそ 梅2200 (エノキ)
梅干し 金貸し 持ってく 返却忘れ
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