話してみる
今回、子どもたちは出ません。
代わりと言ってはあれですが、兄の凌平が出ます。
保育ルームに来てから、平太は首を傾げた。
保育ルームには、初枝しかいなかったからだ。
「あら。平太くんどうしたの?」
「いや……あの、子どもたちは?」
「言ってなかったかしら? 今日は誰も来ないわよ? 珍しく皆の親がお休みだから──」
と初枝はテーブルでお茶を啜っている。
「そうですか……」
平太はとりあえず初枝の前に座った。
「……宿題は終わった?」
「はい、あとこれだけです」
と平太はプリントを初枝に見せる。
「そう。進んでるならよかった──よく来てくれてたから、時間取れてないんじゃないかと思って──」
と初枝は苦笑いして、お茶を飲む。
平太はいやいやと首を振って、
「大丈夫ですよ。こう見えて、計画的なんで」
と笑う。
「そう──お茶飲む? 急須に残ってるから」
「じゃあ……はい。お願いします」
「ちょっと待っててね──」
と初枝は給湯室に入っていった。
平太は改めて室内を見る。
誰もいない室内は静かで、エアコンの動く音と、微かにセミの声が聞こえるだけだ。
「…………」
「はい、お待たせ。どうかした?」
と初枝がお茶を置きながら、室内を眺めていた平太に訊く。
「……いや、静かだなぁと思って」
「そうね。確かに──でも」
と初枝も室内を眺めてから言う。
「静か過ぎるわね」
「……ですね」
前まではこの静かさが普通だったのに、今ではこの静かさが、何か物足りない平太だった──。
それからお茶を飲みながら、初枝と話したり、プリントをやった。
「……じゃあ、そろそろ帰ります」
「気をつけてね」
「はい──じゃあ……」
「またね」
平太は鞄を抱えて、保育ルームを出た──
*
「ただいまー」
「かえり──どうした?」
「何が?」
靴を脱いで入ってきた平太に向かって、凌平は訊く。
「何か、いつもと顔が違う」
「は?」
「顔だよ。顔」
と凌平は自分の顔を指差す。
平太は意味がわからないというように首を傾げる。
「そういえば、今日は何した?」
「ん? あー……今日は誰も来てなかった──」
とリビングに入り、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
「兄ちゃんも飲む?」
「ああ、飲む──」
と凌平はイスに座る。
平太は麦茶をコップに注いで、テーブルに置いた。
「ほい」
「サンキュ」
二人で麦茶を飲む。
「……ん。わかった──」
と凌平が思い出したのかコップを置く。
「……何が?」
「いつも帰ってくると、疲れてるけど嬉しそうな顔してるから。今日は何か、普通な顔してる」
「…………」
平太は、そうか? と思いながら顔を触る。
「保育ルームの手伝い始める前の顔してる。いつから始めたのかわかんないけどさ──」
と凌平が麦茶を飲み干す。
「それほど、生活の一部になってるってことだな」
「そうかな?」
と平太は首を傾げる。
「そうだよ──だってお前、携帯見てニヤついてるから、何見てんのかと思ったら……子どもたちの写真見てんだもんよ」
「はっ? いつ見たんだよ!」
「この前。後ろから」
「最悪だ……」
と平太は顔を覆う。
「ちなみに、その写真は子どもたちの寝顔だったぞ☆」
「…………」
余計最悪だ……と平太は顔を見せられない。
「……そんな見られたくなかったのか?」
「…………まぁ」
と平太は短く返す。
「いんじゃね? 見られても。それほど気に入ってんなら、隠す必要もないだろ──」
むしろ自慢すればいんじゃね? と凌平は笑う。
「……兄ちゃんだったら、すんの?」
平太は顔から手をどかし、凌平を見る。
そうだな、と凌平は言ってから、
「する──」
とはっきり答えた。
「……そっか──」
平太は麦茶を飲んでから、
「母さんたち……、聞いてくれっかな?」
と凌平に訊く。
凌平はフッと笑って、
「聞くだろ──だってお前、全然保育ルームの話しないし。てか手伝いしてるのも知らないんじゃね? 少しぐらい何してるかぐらい話してみれば」
と答える。
「だよね。何してるかぐらい、言った方がいいか──」
と平太はコップをテーブルに置いた。
「今日、話してみる」
「そう──」
その日の夕食で、平太は保育ルームの話を両親にした。
両親は驚くと同時に、笑顔で話を聞いていた。
話をしていた平太は、とても嬉しそうだったそうな──
平太の話を聞いた両親。
母「平太が手伝いしてるなんてねぇ(頬に手を当て)」
父「そうだな。上手くやってるみたいだからな。何も言うことはないさ(微笑み)」




