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第9話 浸蝕と日常

「……はっ!」


 目覚めた俺は、そこがアリスルール・オンラインの学生寮の一室であることに気付いた。


 ログを見てみると、どうやら俺は死亡扱いになっていて、デスペナルティで学生寮に転移していたらしい。


 ――何が起きたんだ……?


 記憶に残っているのは、あの泉だ。


 馬鹿妖精にサーフィンさせられて、馬鹿妖精が鐘を鳴らして、それで――


 ――あの少女だ。


 あの虹色の少女を見て、俺は人生でいまだかつて味わったことがないほどの強い感情のうねりを感じた。


 その感情のうねりは――まさしく、《《恋心》》としか言えないものだった。


 そして、俺はあの少女に口づけをされて――


 天国に昇るような圧倒的な快楽で満たされて――


「――アリスルール」


 唇の中に響いた少女の名は、俺の魂にしかと刻まれていた。


「アリスルール・オンライン」


 それがこのゲームの名であり、この塔の名が『アリスルールの巨塔』である以上、あれはおそらくこのゲームで一番重要なNPCである可能性が高い。


「アリスルール……」


 その名を呟くだけで、途方もないほどの恋心が、圧倒的なまでの快楽が、俺の全てを満たす。


 紛れもなく、俺はあの少女、アリスルールに、完膚なきまでに一目惚れしていた。


 思考は堂々巡りして、どうしたらあの少女をまた見つめることができるだろうか、どうしたらあの少女と再び口づけを交わすことができるだろうか、そんなことばかり考えていた。


 可憐だった。


 途方もなく、可憐な少女だった。


 好きだった。


 途方もなく、あの少女が好きだった。


 ぐるぐると、ぐるぐると、そんなことばかり考えて、魂の全てがあの少女に囚われて――


==========

 <警告!>

【■■■■■■の大灯】があなたを浸蝕しています!

 あなたの精神に致命的な変質が発生しています!


 【浸蝕度】:5%!

==========


 突如、そんな警告ダイアログに、ハッと正気に戻される。


 【■■■■■■の大灯】が浸蝕している?

 【浸蝕度】:5%?


 いったい、俺に何が起こっているんだ……?


 一つ、直感としてあるのは、この浸蝕度が高まることは、途方もなくまずい事態を引き起こすということだ。


 明らかに、俺のあの少女への恋心をトリガーに、今の警告は発生した。


 とするなら、俺はあの少女のことを、なるべく考えないようにした方がいい。


 それは、今の俺の溢れんばかりの恋情を鑑みると、あまりに難しすぎる制限だったが――


「キョウスケぇええええ! いるんでしょおおおおおお! 出てきなさぁいっ! あちこちわたしの切り抜き動画だらけで、大変なことになってるんですけどぉおおおおおおおお!」


 しかし、そんな突然の叫び声が聞こえてきて、俺はそもそもなぜあの場所にいたのかをようやく思い出したのだった――





 *****





「この度は、誠に申し訳ございませんでした」


「本当にしょうがないんだから! 今回だけだからね!」


 火咲に平謝りする過程で必死になったおかげか、なんとか俺は平常心を取り戻すことができた。


「ご主人様は、火咲さまから大切なものを奪ってしまったんですねっ♡」


「ヘンタイっ……!」


「誤解だ」


 定番と化しつつあるそんな漫才をしつつ、気付いたら再び召喚されていたベルが変わらないままでいることに、少し安心する。


「そんなことよりキョウスケ、初回の中級試験が3日後なんだって! わたしも出たいから、3人目のチームメイトを探さなきゃ!」


「おー、パーティメンバー探しか。良い感じにVRMMOって感じだなー。それにしても、俺はお前と組む前提なんだな」


「今は時間が惜しいからね! キョウスケにはわたしをはずかしめた責任を取ってもらわないとっ!」


「きゃっ♡ はじめての責任をお取りになられるんですねっ♡」


「ヘンタイっ……!」


「誤解だ」


 今のは火咲もちょっと悪いだろう。そう思いつつも口には出せない、悲しい立場の弱さである。


「チームメンバー探しって簡単にいうけど、そんな簡単に探せるか? ある程度有能な奴がいいだろう、せっかく組むなら」


「そうだねっ! だから、パーティクエストを探してきたっ! これで一緒になったメンバーの中から、良さげな人を誘うよっ!」


 火咲が見せてきたのは、こんなクエストだった。


==========

 <アンコモンイベント:≪ベビーグリフォンを討伐せよ≫発生!>


 第2層≪始まりの平原≫にグリフォンの幼体が出現した!

 4人パーティでベビーグリフォンを討伐せよっ!


 ※本クエストはパーティクエストのため、足りないメンバー同士が自動でマッチングされます

==========


「いよいよVRMMOらしいPVEクエストか。自動マッチングなんてあるんだな」


「そう! 始まるのは10分後! とりあえずキョウスケも申し込んで!」


「オッケー」


==========

<プレイヤー:≪ひさきちゃんねる≫から招待が届きました!>

 アンコモンイベント:ベビーグリフォンを討伐せよ!

 パーティクエストに参加しますか?


  はい いいえ

==========


「参加、っと……」


 手続きは何事もなく終わり、10分間の待ち時間を過ごすことになる。


「暇ですね♡ 3人でいけない遊びでもしませんかっ♡」


「お前は根本的に語彙を見直した方がいい」


 少々時間を持て余した俺たちは、研究机で魔術の研究でもして遊ぶことになった。


「さっきイベントクリアして取ってきたこの『解析』って式を式理魔術と組み合わせると、相手のスキルを解析できるようになるんだよね」


「ほー、この前の対戦相手はこれをやってたのか。うちのパーティの解析係は火咲で決定だな」


「パーティのバランスをとるという意味では、物質魔術の使い手は欲しいなー。このゲームで一番汎用性があって、攻撃魔法が得意なんだっ。物質魔術は≪火炎≫の式をゲットすると火力が馬鹿上がるんだよねっ」


「なるほどなー。俺はどうやって攻撃すればいいと思う?」


「んー。生命魔術の応用式次第では、デバフやバフが色々使えるから、それで殴るのが良い気がする。そこの妖精の流動魔術と組み合わせれば、かなりいい挙動が出来るんじゃないかな」


「錬金魔術は使えないのか? 主専攻なんだが」


「式を集めないと弱いんだよねー、錬金は。初期状態だと料理で回復アイテム作ったりとかしかできないみたい」


「とんでもない外れ魔術じゃねぇか!」


 ――どうやら、俺の錬金術師ロールプレイは前途多難らしい。


「ご主人様っ♡ 幸せの鐘を鳴らしてもいいですかっ♡」


「却下」


 隙あらば鐘を鳴らしたがる馬鹿妖精の相手をしたりしているうちに、待ち時間の10分間はあっという間に過ぎたのだった――

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