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第8話 女神≪■■■■■■≫

 火咲からの逃亡を図るために窓から外に出た俺が選んだのは、近くにあった第2層への昇降機だった。

 というのも、このゲームのフレンドリストは階層が違うと追跡が働かないようなのだ。


 街中の広場に存在する巨大な円形の石板に乗ると、異空間のような真っ暗闇に周囲が切り替わり、気付けば再び周囲が切り替わって第2層に到着していた。

 昇降機といってもエレベーターというよりはワープポータルのような存在に近いようだ。


==========

<第2層 ≪始まりの平原≫>


 すべての始まりの平原の中心には失われし女神の廃神殿が存在する。

 村々は豊穣を女神に祈り、騎士がそれぞれの村を治める。

 稀に見られる盗賊には懸賞金が掛けられており、

 南の天より下る滝では珍しい魚が釣れるという……

==========


 どうやら層の切り替わりでは簡単な情報がテキストで見られるようだ。

 一層で火咲がやっていた見様見真似でマップを出すと、周囲の地形が表示されて遠くの村らしきアイコンもいくつか見える。

 巨塔の中心の方角を見ると、巨大な廃神殿がここからでも確認できた。あれが第2層のダンジョンといったところか。


 俺は何よりもまずフレンドリストを確認し、≪ひさきちゃんねる≫がオンラインとだけ表示されているのを確認する。層をまたいだ追跡は、メッセージのやりとりをしないと出来ない仕様のようだ。


 さて、気になるのは、当然廃神殿とやらだ。


 おそらく、なんらかのイベントがあることに間違いはないだろう。


 このゲームに2000万人のプレイヤーがいる以上、最初の層のダンジョンにはすでに攻略しようとわんさか人が押し寄せていそうだが、俺もそのビッグウェーブに乗ってみるのも一興だろう。


 村に行って騎士とやらを見に行くのもいいが、まずは廃神殿を目指すこととする。


 平原には街道が走っているようなので、まずは街道に合流し、それを辿って移動する方針を立てた。


 とはいえ、せっかくの魔導師特化型VRMMOで普通に歩いても面白くない。


「ベル。流動魔術で廃神殿まで移動させてもらえるか」


「きゃっ♡ ご主人様に秘密の命令、されちゃいました♡」


「一言も秘密なんて言ってないが」


「ご主人様のためなら、なんだって言うこと聞いちゃいます♡ 【流動地面】!」


 俺の足元の地面が流動魔術で柔らかくなり、ベルトコンベアーで流れるように、俺の身体は素早く街道へと移動していく。


 と、街道は石畳が敷かれていたので、計画を修正して、その脇の地面を【流動地面】で移動していく。


 滑るように地面をサーフィンするのはなかなかに楽しく、みるみるうちに美しい平原の景色が流れていき、俺はほぅっとため息をついた。


「綺麗だな」


「二人っきりで駆け落ちしてるみたいですねっ♡」


「黙れ」


 移動はスムーズに進み、元々それほど中心から離れていなかったこともあってか、20分ほどで廃神殿がだいぶ大きく見えてきた。


 あたりは広々とした平原で、ところどころでプレイヤーが草原の犬やら猫やら兎やらと戦闘しているのが見える。どうやらこの階層のモンスターは動物がモチーフらしい。とはいえ、高速で移動していればエンカウントしても戦う必要はないと考え、俺は道中の戦闘はスキップしていた。


「ご主人様、ちょっと疲れました♡ あそこの泉で休憩しましょう♡」


 と、さすがにぶっ続けで流動魔術を使うと魔力を結構使うのか、ベルが疲労を訴えてくる。


 言われた方を見ると、街道のはずれに綺麗な泉があった。泉の中心には、真っ白な女神らしき像が置かれている。


 ベルは、俺が向かう素振りを見せると、一人でぴゅーっと飛んで行ってしまい、泉の中にザブンと浸かる。


「はーっ、魔力が回復しますぅ♡ ご主人様も、一緒に気持ちよくなりましょう♡」


「なんでお前は全ての発言が漏れなく意味深なんだ」


 そうはいいつつ、俺も魔力の回復の効能が泉にあるというのは気になったので、試しに手を泉につけてみる。


 じんわり暖かくなるような気持ちよさが走り、魔力というものを確かに体内に感じられた。


「ご主人様、わたしと一緒に遊びましょう♡ 【流動地面】」


 と、ベルがいきなり流動魔術を使い、足元の地面を動かして俺を泉の上で地面に乗ってサーフィンするような状態にする。


「うお、うおおおお!?」


 バランスを崩しそうになりながらもなんとか波に乗ると、ベルも一緒に横についてくるくると飛び回る。


「幸せの鐘を鳴らしちゃいますよ♡ 【妖精鐘:タロットベル】」


 と、魔力が回復したからなのか、ベルはいきなり無造作にエピックスキルを使い始めた。


 本当になんなんだこの馬鹿妖精は……すべてが意味分からないな。


 そんなことを思っていた、そのとき――


 ――突然、謎の表示が見えた。


==========

 <警告!>

 <レジェンダリーイベント:≪■■■■■■の口づけ≫発生!>


 失われし女神は奇跡の音色に応え祝福を授ける。

 女神 ≪■■■■■■≫の光臨に備えよ!

==========


「へ?」


 突然の謎表示に、俺がアホみたいな声を出した直後――


 ――虹色の光が、天地を裂いた。


 泉の中央の女神像に、天を裂くように降りてきた巨大な虹色の光が集中する。


「うおおおおおっ!?」


 眩しすぎて、目を開けていられないほどの猛烈な虹色。


 思わず目を瞑ると、バランスを崩してサーフィンに失敗し泉に浸かってしまう。


 ずぶ濡れになりながら、幸い深さが浅かった泉から立ち上がると――


 ――もしも女神というものがこの世に存在したのなら、それはまさしくこのような姿であろう。


 そんな、奇跡としか言えない美少女が、目の前に光臨していた。


==========

<BOSS:■■■■■■が出現した!>

 【女神封術】で全ての時空間が封印される!

 魔術使用不可! すべてのテイムモンスターの封印!

 

 【女神愛術】で全てが女神の愛で満たされる!

 すべての存在は≪■■■■■■≫に魅了される!


 【女神空術】で全てに宿る本質が目覚める!

 あなたの全てが≪■■■■■■≫に支配される!

 あなたは【■■■■■■の大灯】へ覚醒した!

==========


 その純白の長髪は、あちこちがカラフルな絵の具に染まったように塗られていた。

 かつて見たことがないほど整いきった天使のような美少女。

 何より印象的な、その美しい猫のような瞳には――

 虹色の輝きが、力強く宿っていた――


 純白のドレスに飾られている、虹色の神々しい装飾品の数々。


 その一つであるペンダントに少女が両手を当て、目を瞑る。


 その美しさに魅入られきった俺は、人生で味わったことがないほどの鮮烈な恋心をもって、その可憐な仕草を見守っていた。


「――おいで」


 少女の命令は、紛れもなく俺に、俺だけに向けられていた。


 すでに少女にすべてを支配されていた俺は、まるで身体が自分のものではないかのように、自動的に少女に向かって泉の上を歩いていく。


 辿り着いた少女の目の前。


 少女が、ゆっくりと再び目を開いた。


 虹色の宝石のような美少女。


 その美少女が俺だけを見ている事実が嬉しすぎて、恋心が際限なく増幅される。


「あなたに、《《この世で最も祝福された呪い》》を」


 そっと、少女の唇が近づき――


 ――脳が焼き切れるような幸福感が、俺の神経を不可逆に破壊した。


==========

<レジェンダリーイベント:≪■■■■■■の口づけ≫クリア!>


 レジェンダリースキル【■■■■■■の大灯】を習得!

 【■■■■■■の大灯】はあなたを致命的に変質させた!

 すべてのステータスが22上昇した!

==========


「キミの……キミの名は……?」


 朦朧とした意識を、それでも圧倒的な恋心だけが満たしていて、俺は必死にそう問いかける。


 少女は、俺の唇の中に響かせるように、こう呟いた。


「――《《アリスルール》》」


 その言霊がもたらした快楽は、絶頂という言葉すら生ぬるい至上の霊的体験をもたらした。


 変わる。


 すべてが変わる。


 もう、戻れない――


 そんな確信だけを抱きながら、俺はゆっくりと意識を失ったのだった――

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