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第16話 それぞれの発明

 それからミナエルは、静かにその場を去っていった。


 それも自然なことだろう。

 彼女の本来いる場所は、ここではなく、この初心者の階層より遥か上、第200層のグランセリアなる都市なのだから――


 残った物は、静謐で、それでいて強烈な、たしかな恋心だけだった。


 俺はしばらく放心していたが、やがて正気を取り戻し、元の目的である錬金素材の収集に戻った。


 ≪硝子の湖≫の砂浜には、時々鉱石が露出しており、薬草なども生えていた。


 時折見つかるそんな鉱石や薬草たちに触れると、アイテムボックスにそれらが採取されていく。

 地道な工程を繰り返しながらも、俺の脳裏を占めていたのは、先ほどの女の子、ミナエルのことばかりだった。


 200層、か。


 あまりに遠い目標に思える。


 だが、あの子にもう一度会うためなら――


 あのアリスルールにそっくりな少女に会うためなら――


 少女は、いくらなんでも美しすぎた。


 天使のごとき、女神のごとき、非現実的な美しさ。

 

 通常の人生では到底みることのできない、純白の絹糸のような長髪。


 神を宿したような美しい紫色の瞳。

 

 そして、あの瑞々しい唇が触れたときの、至福をもたらす柔らかさ――


 ずっと、ずっとずっと、先ほどのあのキスの瞬間の、少女の全てが流れ込んでくるような体験が、頭を離れない。


 あれは、なんだったんだ――


 あれが、ただのNPCなんてこと、あるのか――?


 果たしてこれは、本当にただのゲームなのだろうか――


 ぐるぐると回る思考に絡み取られて、採集作業は完全に無意識で行われていた。


 ≪鉄鉱石≫、≪銅鉱石≫、≪鉄鉱石≫、≪銀鉱石≫、≪硝子≫、≪硝子≫、≪ハバナ草≫、≪ディル草≫、≪香草≫、≪ブルリア草≫、≪鉄鉱石≫――


 気付けば、結構な数のアイテムが集まっているが、俺の心に喜びはない。


 あるのは、ただ焦燥と飢餓だった。


 早く、またあの美しい少女を一目見たい。


 あの少女と口づけするあの絶頂を再び味わいたい――


 そんな強い欲望が、俺の全身を支配して、そこから一歩も抜け出せそうになかった。


 俺は、あの少女、ミナエルに、そしてミナエルが恋しているであろうアリスルールに、完膚なきまでに恋していたのだ――


==========

 <≪ひさきちゃんねる≫からメッセージが届きました!>

==========


 急に届いた火咲からのメッセージの知らせに、ハッと現実に帰る。


 ――なんの用だ?


 そう思い、メッセージを開いてみると――


「いろいろ研究関連で面白い発見があってさ! ツキトの方もそんな感じだから、一回帰ってきてよ! 情報共有したいんだ」


 採集作業はいつまで続けても良さそうではあるが、すでにある程度の種類と数は集まっている。


 火咲のゲームに関する優秀さは折り紙付きであり、火咲が面白いというからには、おそらくまた尋常ではなく面白いことを見つけたのだろう。


 そう思い、俺は素直に頷き、1層に帰ることにした。


「わかった、今から戻る」


 そう返事をして、俺は≪硝子の湖≫の湖畔から、元の道を戻ったのだった。





 *****





 学生寮に戻った俺は、火咲にメッセージを送る。


「寮に着いたぞ」


「直接見せたいから、わたしの部屋に入ってきていいよー。ノックとかいらないから、そのまま入ってきて」


 火咲の許可も得られたので、俺は火咲の部屋の扉を開けた。


 ガチャッと音を立てて、俺は火咲の部屋の中に入っていく。地味に、人生初の女の子の部屋に入るというシチュエーションである。ゲームだが。


 部屋の中には、当たり前だが火咲がいた。火咲は手を振りながら、口パクで何かを喋っている。何をしているんだ? 何も聞こえないのに、口だけは本物のように言葉を喋っている。


 と、それから数秒遅れて、火咲が喋っていないタイミングで、なぜか火咲の声が聞こえてくる。


「やっほー、成功してるかな!? これがわたしの新魔術【流動音響】だよ!」


「これは……流動魔術を音に使ってるのか」


 火咲が再び口パクで何かを返事する。


「聞こえないが。分かったから魔術を解除しろよ」


「しょうがないなぁ「そうそう!」」


 火咲の魔術を解除したリアルタイムの返事に、さっきの口パクの音声が重なって聞こえて頭がガンガンする。


「とりあえず嫌がらせには使えそうな魔術だな」


「ふっふっふっ、この火咲ちゃんが考え無しにこんな魔術作ると思う? 色々使い道は考えてあるから、明後日の中級試験を楽しみにしててね!」


「お楽しみってやつか。ツキトに悪い影響受けてないか」


「そういえば、ツキトも面白い魔術を考えたみたいだよ」


「そうなんだ」


 と、気付いていなかったが、部屋の柱の陰になっているところに、ツキトが静かに立っていた。


「うお、いたのか、びっくりした」


「ちょっとしたサプライズという奴をやらせてもらった。ヒサキに無音にしてもらってね」


 まったく気配がなかったが、丁寧に音まで消していたのか。どいつもこいつも、無駄なことに魔術を使う奴らだ。


「そんで、ツキトはどんな魔術を発明したんだ?」


 ツキトはそれに返事をせず、懐から一枚のコインを取り出した。


「キョウスケ、このコインを今から投げるけど、表と裏、それぞれの出る確率は?」


「そんなの、50パーセントずつに決まってるだろ。イカサマコインでもない限り」


「では、《《今から表を出してみよう》》」


「は?」


 そこでツキトは、懐から大きなオーブのようなものを取り出した。

 これは、キンググリフォンの巨大魔石を加工したのか――?


「【確率卜占】」


 ツキトはそのキンググリフォン産のオーブを使って卜占魔術を使ってみせる。


 その結果は――


==========

 <確率占いの結果が出ました!>

 コインの表が出る確率:50.07%!

 コインの裏が出る確率:49.93%!

==========


「へぇ、確率が分かるのか……便利そうだが、これで表は出せなくないか?」


「このコインは、形状とか空気抵抗の関係で、ほんのちょっとだけ表が出やすい。そこでだ――」


 ツキトはオーブを持って、集中する様子を見せる。凄まじい魔力がうねるのを、不思議と本能的に感じた。


「【四捨五入】」


==========

 <確率が四捨五入されました!>

 コインの表が出る確率:100%!

 コインの裏が出る確率:0%!

==========


「……は?」


「ほいっと」


 ツキトが机にコインを投げる。その結果は――表。


 しばし、沈黙が場を支配した。


「……これ、すごすぎないか?」


 そんな俺の呆然とした声に、ツキトは爽やかに微笑んでみせる。


「魔石を机で研究したら≪式≫も手に入ったから、思った以上にいい魔術が開発できたよ。キンググリフォン様々だ。ま、馬鹿みたいに魔力食うんだけど……」


「……へぇ。レアアイテムは、≪式≫をくれる場合があるのか」


「そうそう、そうみたい! βだとこんな仕様なかったと思うから、本番仕様みたいだねっ! だからキョウスケに預けてる≪キンググリフォンの爪≫からも、≪式≫が採れるんじゃないかなって期待してるんだ!」


「なるほどな」


 それから俺たちは、キンググリフォンの爪を一つずつ火咲とツキトに渡して、それぞれ研究机で≪式≫の研究という行動を試した。


 果たして、得られたのは――


「……≪真空≫の式か。いいね」


「なるほど、これが足りてなかったんだね! これがあれば、【暗殺風刃】の魔術も完璧に仕上がりそうだよ!」


 俺は改めて、このゲームの底知れない面白さに驚いていた。


 オリジナル魔術の開発というコンテンツだけで、無限に遊べそうなほどの深みと面白さが詰まっている。


 なんなんだ、このゲームは――


 思い出すのは、あの少女、ミナエルの顔だった。


 ただのNPCが、あれほどの瑞々しさと神々しさをもって、俺というプレイヤーを完膚無きまでに恋に堕とす。


 ましてや、その女神であると思われるアリスルールに至っては――


 思い出すだけで、可愛すぎて、美しすぎて、惹かれすぎて、一つになりたくて――


==========

 <警告!>

【■■■■■■の大灯】があなたを浸蝕しています!

 あなたの精神に致命的な変質が発生しています!


 【浸蝕度】:14%!

==========


「……キョウスケ? ……キョウスケ!」


「……はっ!」


 気付けば、完全に自分の世界に入り込んでいた。


 俺は夢中になって、ミナエルとの、アリスルールとの、秘密の交わりを脳内で再生して、すこしでもあの時の歓びを取り戻そうと必死になっていた。


「なんか、エッチなことでも考えてたんじゃないの?」


「ご、誤解だ」


「うわ、あやしー」


 歯切れの悪い返事をしてしまい、思いっきり怪しまれてしまった。


「ふふっ。試験前に喧嘩はほどほどにね」


 ツキトは余裕の表情で、いつも通り飄々とした様子だ。


「とにもかくにも、これで明後日の試験で、大きく有利がつけられそうだ。引き続き、みんなで自己強化に励もう」


 とりあえず話題を全力で逸らし――


 俺は急いで火咲の部屋から逃げ帰ろうとするが――


「ご主人様のみだらな妄想を、ベルが幸せの鐘で形にしてあげましょうかっ♡」


 いつの間にか、馬鹿妖精が勝手に召喚されて出てきてしまっていたっ!


「ヘンタイっ……!」


「誤解だ」


 俺の誤解は日に日に積み重なっていくばかりである――

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