第13話 英雄は遅れてやってくるそうです
「んぅ……ここは……?」
目を覚ました俺は、まず天井を見た。
知らない天井である。
学生寮の白い天井ではない。黒ずんだ木の天井、薬草の束が壁にいくつも吊るされている。
デスペナルティであれば、以前のように寮のベッドで目覚めるはずである。ということは、これは――
「……勝ったってことだよな?」
「勝ったよ! 勝ったあとに死にかけるとは思わなかったけどねっ!」
視界に、火咲の顔が至近距離で入ってきた。
ちょっとだけ怒っている気がする。
「ここは村の治療所だよ! わたしがホースカーで、ここまで運んだんだからねっ!」
「……そうか、助かったよ」
「治療してもらったから傷は塞がってるけど、無理は禁物だってさ」
言われて胸元を見ると、包帯が巻かれていた。痛みはほとんどない。だが、あのすごい量の鮮血を思い出すと、それだけでまた意識が遠くなりそうだ。
HPがないゲームとは、こういうことなのか。
たとえ勝利のログが流れても、傷は勝手に消えてくれないようである。
「てかさ、生命魔術専攻なんだから、自分で治せないの?」
「【生命強化】は今のところ強化でしかなくてだな……決して治療じゃないんだよ……」
俺の生命魔術は、今のところ木の根を育てるくらいしか役に立っていない。
錬金術師としての前途と同じくらい、生命魔術師としての前途も多難である。
「ご主人様っ♡ 美少女が7人もいて、興奮しすぎちゃったんですねっ♡」
「黙れ」
枕元の馬鹿妖精は1体に戻っていた。7体に分身したのは戦闘中だけらしい。
とはいえ、あの7体がいなければ、この戦いに勝てていなかった可能性は高い。素直に感謝はしておくべきか。
「……ま、今回は助かったよ。よくやった、ベル」
「きゃっ♡ ご主人様に褒められちゃいましたっ♡ 幸せの鐘を鳴らしますねっ♡」
「絶対に鳴らすな」
ゲームとはいえ、治療所であの騒音を鳴らすのはさすがに終わっている。
それに――あの鐘は、何が起こるか分かったものではない。
「そういえば、ツキトは?」
「いるよ」
窓際に、ツキトが立っていた。相変わらず微笑んでいるままだ。
「起きてよかった。大丈夫そうだね」
「おかげさまでな……いや、それよりお前! あんなこと出来たなら先に言えよ!」
あの時点では、俺はあくまで藁にすがったつもりだったのだ。
蓋を開けてみたら、出てきたのはとんでもない大量破壊兵器だったが。
「いやぁ、あれ、準備してる間は他に何もできないからね。キミが頑張ってくれなかったら、撃つ前に死んでたよ」
「先に言ってくれれば、こっちもそれ前提で動けたんだけどな!」
「まったくだよ! 秘密にする理由なくないぃ?」
俺と火咲のもっともな指摘に、ツキトは「ふむ」と頷いた。
そして、なぜかちょっとだけ胸を張り――
「まあ、英雄ってのは遅れてやってくるものだからね」
――急にそんなことを言ってドヤ顔をする。なんだこいつ。
しかし、そうして笑っているツキトの顔を見て、もう一つ気になっていたことを思い出した。
あの【王威咆哮】のログだ。
あの時、≪ツキト≫は【恐慌】+100%に陥っていた。
ログには確かにそう出ていたはずだ。
「お前、あの時恐慌状態だったはずだよな。よくあんなに落ち着いてたよな」
「落ち着いてはなかったよ。めっちゃ怖かったし」
「ずっと笑ってたけどな」
「仮に僕が一番慌ててたら、君も30秒任せようとは思ってくれなかっただろう?」
――なるほどな。
余裕があったわけでもなければ、恐慌が効かなかったわけでもない。
あの笑みも、戦うための行動だったというわけか。
「【一人芝居】で平気なフリをしてたのさ」
そう言って、ツキトはまた微笑んだ。謎のスキルだと思っていたが、そういう使い道のできるスキルなのか?
「どちらにせよ、僕一人じゃ絶対倒せなかったよ。守ってくれて、ありがとう」
「……こっちこそ。今回はマジで助かった」
この戦いのMVPは間違いなくツキトだ。
悔しいが、英雄というのも完全なホラではなさそうである。
「でさでさっ! あの魔術って、結局どうなってるの!?」
火咲が待ってましたとばかりに身を乗り出して質問した。俺もそれは聞きたかったので丁度いい。
「一度数学魔術で速度を2倍にして、それをもう一度複製の数学魔術で2倍にする。それをどこかに飛んでいかないように回転軌道に位相変換して、最後に相手の方への直線軌道にもう一度位相変換する」
「……すごいな」
言葉にしてしまえば、比較的シンプルな戦術である。
しかしそれだけで、あのとんでもない破壊が起こった。
数学と卜占は弱い――
なんて、掲示板の書き込みをちょっとでも参考にした俺が馬鹿だった。
少なくとも、あのとんでもないエピックモンスターを爆破できる魔術が弱いわけがない。
「ああっ……! 配信切ってたのが悔やまれる……! あの後光、絶対バズったのにっ……!」
火咲は火咲で、悔しがるポイントが変だった。なんだかんだで配信者である。
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「それで、報酬はどうなったんだ?」
「そうそうそうっ! 見てこれっ!」
火咲が、窓際の机に一冊の本を置いた。
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≪【暗殺風刃】の理論書≫
【暗殺風刃】に必要な≪式≫≪媒介≫≪代償≫および≪魔術意図≫が記されている。
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「……これ、俺がしゃがんで避けたやつか」
「そうそう! あの見えない刃! これがあれば、あの【暗殺風刃】を発明できるようになるんだよっ!」
「おおおっ!」
さきほど必死に避けた敵の必殺技が、今度はこちらの武器になってしまう。
倒した相手の技を自分のものにできるとか、なんてやりがいのあるゲームなんだ……!
「流動魔術っぽいし、これはわたしがもらうよっ!」
「話す前に結論が決まってるじゃねぇか」
「わたしは合理主義だからねっ!」
「ま、僕も賛成しておくよ」
まあ、一番使いこなせそうな奴が持つのが正しいか。
「あ、そうそう、先にアストレアのことなんだけど……」
火咲が、受け取ったメッセージを見せてくれた。
『あれ倒したの!? すごいね。でもごめん、報酬は三人で分けて。わたしは今日は落ちる』
短いメッセージだった。アストレアは、もうオフラインになっている。
「……まあ、あれはきついよな」
俺など胸を斬られただけであの痛さだったのだ。恐慌状態であの風刃をまともに受けた彼女が、どれほどの苦痛を味わったのか。
恨み言が一つもないだけでも、気さくな彼女らしいと言える。
「ま、話を戻して。残りも分けようか」
ツキトが机に置いたのは、四本の巨大な爪と、拳よりずっと大きな魔石。
そして、一本の剣だった。
≪風王剣≫。
刀身は薄い青みを帯び、鍔はグリフォンが翼を広げたような形をしている。
眺めるだけで、思わずにやにやとしてしまう格好良さ。
厨二心が、疼く。疼いてしまう。
「……かっこいいなぁ」
「……キョウスケ、使う?」
「え、いいのかっ!?」
「僕はどちらかというと魔石が欲しいからね。これ、新しい魔術に使えそうなんだ」
「で、わたしは理論書だから、キョウスケが剣だとちょうどいいんだよね」
言われて、剣を受け取った。
ずしりとした重みが腕にかかる。
だが、【■■■■■■の大灯】で上がったステータスのおかげか、持ち上げるのに苦労するほどではない。
あの意味分からない強さのキンググリフォンを倒して手に入れた剣を、俺が振って戦う。
――めっちゃわくわくする話じゃないかっ!
「なかなか似合うね。まるでゲームの魔法剣士みたいだ」
「そうか?」
「ところで、キョウスケって錬金専攻だったよね。爪も欲しいかな?」
「そうそう、爪はキョウスケに預けて、なにか面白いアイテムの材料にしてもらおうよ、って話してたんだ」
「なるほど、面白いアイテムね。まあ作れたら二人にも回すわ」
そうして≪キンググリフォンの爪≫が4本俺のアイテムボックスに入った。
ついでにステータスを開く。
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プレイヤーポイント:9
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「プレイヤーポイント、そういえば9まで貯まったんだよな」
「えええ、まだ使ってないの!?」
「不可逆要素は慎重に使うべきだからな」
「もったいなさすぎるでしょっ! 使ってれば、もっと楽に勝ててたかもしれないじゃん!」
「まあ使い道はそのうち真面目に考えるよ。今日はだいぶ疲れた」
「ご主人様が剣なんて持ったら、ますます格好よくなって興奮してしまいますっ♡」
「せっかくの恰好いいレア武器も、お前にかかれば台無しだな」
いつも平常運転の馬鹿妖精はともかくとして……
報酬を分け終えたところで、俺はいよいよツキトに声をかけることにした。
――火咲に確認は取っていないが、これはもう確定でいいだろう。
「なあツキト。中級試験、もう組む相手は決まってるか?」
「まだだね」
もともとは、≪アストレア≫を誘うつもりだった。俺たちに足りない攻撃魔術、物質魔術が得意そうだから、という、分かりやすい理由。
しかし、実際に一緒に戦ってみた今、初めて分かることがあった。
プレイヤーとしての≪ツキト≫は、間違いなく、とんでもなく有能だ――
それに――
――こいつと一緒に遊んだら、たぶん面白い……
「ツキト。中級試験、俺たちとパーティを組まないか?」
「わたしも大賛成だよぉ! 試験は三人チームだし、ちょうどいいよねっ!」
「……いいのかい?」
「俺たちはもう、一緒に激戦を制した仲だろっ!」
ツキトは少し笑ってから、頷いた。
「じゃあ、こちらからもお願いしようかな。僕も、君たちは面白そうだと思ってたんだ」
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<≪ツキト≫とフレンドになりました!>
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さて、これで試験の3人目が無事決まった。
結果から見れば、なかなか良いメンバー探しになったのではないだろうか。
とんでもないボスが出てきて、途中で一人死んで、俺も死にかけた点を除けば、だが……
「じゃあ、さっそく中級試験に向けて準備しよっか!」
「βと同じなら、テイム競争なんだっけ?」
「そう! 第11層の≪魔の森≫で、テイムしたモンスターのポイントを競うんだよ!」
「そういう試験なら、僕の卜占魔術はなかなか役立ちそうだね」
「それじゃ、発見は占いでいいとして、捕まえる方法を考えるか。これは、錬金で何か作れるかもしれないな」
「いいねっ! 動きを止められれば、あとはわたしが契約魔術でテイムできるよ!」
「僕が探して、キョウスケが動きを止めて、火咲がテイムする。いい役割分担って感じだね」
「妖精系なら、キョウスケとその鐘妖精が妖精魔術でテイムできるしねっ」
ようやく、俺にも錬金術師としてまっとうな役割が回ってきそうだ。
「逃げられなくしてから、ご主人様のものにしちゃうんですねっ♡ きゃっ♡」
「ヘンタイっ……!」
「誤解だ」
見慣れてきた漫才に、新しい仲間は静かに微笑んだままだった。
――こうして、色々な意味で長い付き合いになる三人組が結成されたのだった。




