EP7:タイム・イズ・ランニング・アウト
ロストシティの隠れ家にて。
アザレアの無茶なハッキングの反動で、プリムラの肉体は深い眠りに就いていた。シュロが部屋の隅でジャンクパーツをいじっていると、やかましく足音を立てて一人の男が転がり込んできた。ハッと振り返り、瞬時にシュロは鉈を構える。
「何だてめぇ、どこから入ってきた!?」
「おわっと!? シュロくん、僕だよ僕! ゼフィランサスさ!」
ゼフィランサスを名乗る男は、以前の知的なクール系セクシー美男子とは打って変わって、大きく開けた胸元に無精髭の似合う『ワイルド系セクシー美男子』となっていた。決めポーズも前回とは全く違う。
「いやー、コロニーの警備の裏をかいて宿主を探すのは、ホント骨が折れたよ。 今回 契約したのは 見ての通りワイルド系! どう、イメージに合う?」
「いや全然。本当に見た目、コロコロ変えるんだな」
顔を引きつらせるシュロを軽くあしらい、ゼフィランサスはベッドの枕元へと真っ直ぐ向かった。気配を察したアザレアの意識が浮上し、プリムラの瞼がゆっくりと開く。視線が自分に向くと、ゼフィランサスは気取った表情でウインクしてみせた。
「どう? 今度のフェイスは好みに合うかな? 頼もしさをご所望かと思って、男らしいワイルド系の宿主くんで厳選してみたんだけど」
アザレアはふっと視線を外し、どこか遠くを見るような顔で呟いた。
「……ばっかみたい。何の役にも立たない努力よ。――本当のあなたの顔が、一番好みだったのに」
「なんてこと言うんだよ。……そんなこと言われちゃったら、僕にはどうしようもないじゃないか」
ゼフィランサスの軽薄な笑みが消え、切なげに曇る。肉体を失い、他人の顔でしか会えなくなった二人の間に流れる 取り返せない空気の重さに、シュロも黙って俯いているしかなかった。
しかしゼフィランサスも感傷に浸りきることはなく、すぐに表情を引き締め 本題を切り出した。
「昔話はこれくらいにしとこう。もう一つ、大事なお知らせがあるんだ。コロニーの情勢が変わってきたのは伝えたね。僕たちロストバディをエネルギー源にしようとするコロニー上層部のハントが本格化してきてる。だから、僕もこの宿主くんとは『ひと月』しか契約できなかった。長期間の同行は難しいから、手早く済ませよう」
「ひと月だぁ⁉ 三か月契約はどうなったんだよ!」
「三か月じゃサインくれなかったんだよ。だから、どうやってもひと月以上は無理。ひと月過ぎたら、僕は強制的に宿主くんから出ていかなきゃならない。早いとこ、最後のロックがある【空中要塞 ネオ・バベル】へ向かおう」
猶予は一か月。彼らはゼフィランサス(の宿主)が用意した無骨なトレーラーに乗り込み、最期の目的地【空中要塞 ネオ・バベル】へと 荒野をひた走った。
エンジンの重低音だけが響く 夜の車内。「せっかくだから運転してみる?」とシュロに運転を替わり、ゼフィランサスは携帯端末で目的地へのルート登録を行っている。
助手席でいまだプリムラはうとうとしていたが、ふっとその瞳に電子の光が宿り アザレアへと意識が切り替わった。後部座席から、ゼフィランサスが助手席の彼女の背中に向かって語りかける。
「起きたのかい、アザレア。……こうして厳つい軍用車両に揺られていると、どうしても思い出しちゃうね。大戦末期、僕たちがいた中央研究所が敵の爆撃を受けた、あの日のことをさ」
シュロはハンドルを握ったまま、バックミラー越しに二人を睨んだ。
「いつもは契約外とか何とか言ってはぐらかすくせに、今日はずいぶん饒舌じゃねぇか、ゼフィランサス」
「はは、残りひと月の契約だからね、大サービスさ。案内人を務めてくれる君には、本当のことを知っておいて ほしいんだよ」
助手席の窓ガラスに映る幼いプリムラの顔を見つめながら、アザレアも静かに語り出す。
「高度になりすぎた科学技術を、当時の人間たちは制御できなかった。肉体を一瞬で蒸発させる 分子崩壊兵器、精神だけハッキングして狂わせる電子兵器、遺伝子に植え付けて次世代にまで毒素の感染を広める生体兵器……。世界中の国々が、お互いの『存在』そのものを消し去ろうと狂奔していたのよ」
「存在そのものを、消し去る……?」
小さくため息をついたゼフィランサスが、アザレアの言葉を継いだ。
「そう。そして大戦の最終盤、人類の肉体を強制分解する究極のウイルスが世界に撒き散らされた。僕たちは人類の絶滅を防ぐ苦肉の策として、【魂の電子化プロジェクト】を立ち上げた。それが僕たち『ロストバディ』の始まりさ。元々は、数百年後に新しい人造生体を造って 全員で物質世界へ帰還する計画だった。――でも、裏切りが起きた」
一部の研究員がマザーサーバーの管理者情報を独占し、電子の世界で独裁者として君臨しようとした。それを阻止するため、アザレアとゼフィランサスはアクセスキーを三つに分割し、各地に封印した。それが、シュロが解除してきたデータキーの正体だった。
「……ねぇ、ゼフィ。あの時、そのまま地上で死んで 消えてしまっていれば、もっと楽に終わっていたのかしらね」
ゼフィランサスは後部座席から身を乗り出し、助手席のアザレアの頭のすぐ横で その顔立ちに似合わぬ、ひどく優しい微笑を浮かべた。
「まさか。もしあの時 そのまま消えてしまってたら、僕は数百年の時を越えても『あなたが一番タイプだ』なんて 君に言われる贅沢を味わえなかった。僕は、肉体を失ってでも 君と一緒に生き残れて、良かったと思っているよ」
少女の顔に少女の表情がにじみ出る。アザレアは紅潮してしまった顔を隠すように、ふいっと窓の方へと背けた。
「……一番タイプだなんて、言ってないでしょ! 相変わらず、薄っぺらいくせに甘すぎるセリフ! 反吐が出ちゃうわ」
動揺して照れを隠し切れないアザレアに、シュロは思わず吹き出し アクセルを踏み込んだ。
「うええ、反吐が出るのはこっちだっての。まったく、ごちそうさまだよ。とっととその『還るべき場所』とやらにぶち込んでやるから、続きはそこでやってくれ」
夜が明け トレーラーの前に見えてきたのは、空中要塞への足掛かりとなる地上への監視拠点だった。だが、拠点の周囲を巡回する武装した人間たちの動きは不自然なほど統率され、その目から生気は感じ取れない。
「……『ロストバディ』を剝ぎ取ったあとの人間は、あんなふうに傀儡にして使い潰すみたいだよ」
後部座席から降りたゼフィランサスが、こぶしを握り締め 忌々し気に吐き捨てる。
「ロストバディでも過激派の連中は、現生人類を自分たちの便利な道具や生体スペアパーツとしか 思っていないんだ」
人間の魂を『燃料』にするコロニーと、人間の肉体を『傀儡』にする過激派ロストバディ。どちらもやっていることに変わりはない。
「ふざけやがって……! 行くぞ、アザレア。どっちの元凶もぶっ叩いてやる!」
統率されているとはいっても、現地での咄嗟の判断は何一つできない操り人形だ。持参した煙幕やマキビシを駆使し、シュロは手際よく傀儡兵士たちを無力化していく。傀儡兵士たちに、パニックに陥る自我はない。難なくすり抜け、アザレアが【量子転移ゲート】の制御システムをハッキングする。大した間も置かず、空中要塞への道は強制起動した。
「ゲートがひらいたわ! 飛び込みなさい!」
【タンジー(蓬菊)】
花言葉:あなたとの戦いを宣言する 抵抗
婦人の美徳




