EP8:エンドレス・パートナー
量子転移ゲートが起動した直後、ハッキングを阻止すべく 傀儡の兵士たちが一斉に押し寄せてきた。ゼフィランサスは宿主の野性味あふれる逞しい身体を張り、シュロとアザレアをその背に隠すように立ちはだかる。
「ここは僕が抑えておく! 君たちはゲートに急いで!」
「ゼフィランサス!? てめぇ、何言って……」
戸惑うシュロに ゼフィランサスは一度だけ振り返り、いつもと何ら変わらぬ 軽い笑みを浮かべてみせた。
「しっかりプリムラちゃんを守るんだぞ! ……アザレアのことも、頼んだよ」
「何言ってるの、ゼフィ! ダメよ、早く来なさい!!」
プリムラの口からアザレアの悲痛な叫びが迸る。その刹那、無情にもゲートは凄まじい光を放って二人を包み、転移光と共に閉ざされた。
再び目を開けた時、二人の身体は現実の空間から引き剥がされ、雲海を見下ろす大戦時の巨大な【空中要塞 ネオ・バベル】へと転移していた。
「……面倒ごと押し付けやがって。頼まれちゃしかたねぇ、アザレア。お前もプリムラも、絶対に俺が守り切ってやる。……行くぞ!」
シュロは少女の細い手を引き、アザレアと共に 要塞の中枢へと突き進んだ。
中枢で待ち受けていたのは、大戦時の冷徹な総司令官の精神データであり、要塞の防衛システムと完全に同化した ロストバディ過激派の首魁『タンジー』だった。
空間を歪める重力兵器と 無数のレーザー砲が、シュロたち招かざる客人を襲う。
「アザレア、端末を叩け! 敵の攻撃は、俺が全部 引き受けてやる!」
アザレアをハッキングに集中させるため、シュロはわざとあらぬ方向を鉈やマキビシで攻撃しては隙を見せ、標的を自分一人に引き付けた。
その背後で繰り広げられる電子世界での戦いは凄まじく、アザレアのハッキングコードが防衛システムによって次々と破壊されていく。負荷によりプリムラの肉体は限界を迎え、目や鼻から血がにじみ始めた。
「まずいわ……これじゃプリムラが保たない……」
『大丈夫、お姉ちゃん。私の体なら大丈夫だから、諦めないで! シュロさんだって、私たちを守ってくれてる……!』
脳内で眠っていたプリムラの意識がアザレアを支え、二心一体の絆がハッキング能力を限界突破させる。
「終わりだ、害虫が」
タンジーがシュロの足を重力トラップで拘束し、最大出力のプラズマ砲の照準を合わせた。絶体絶命のピンチだというのに、シュロの口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「マツのエロジジイから掠め取ってきた、特製のジャミング弾だ。喰らいやがれ!」
投げつけられた特殊なグレネードが電子ノイズを炸裂させ、ほんのわずかにプラズマ砲の制御を狂わせる。その小さな隙間に、アザレアが最後のコードを打ち込んだ。
「電子の海へ還りなさい、タンジー!!」
ハッキング率100%。断末魔と共に過激派の精神データファイルは消去され、巨大なマザーサーバーのメインゲートが静かに開放を始めた。世界中のロストバディの魂が解き放たれ、光の粒子となってサーバーへと還っていく。
「……終わったわ。やっと、本当の居場所に戻れるのね」
プリムラの口から、どこかホッとしたような吐息が漏れる。
「おい、ちょっと待てよ! ゼフィランサスも連れて行くんだろ!?」
「そうですよ、もう少しだけ 待ってあげて、お姉ちゃん!」
水槽のようなモニターを静かに見つめるアザレアの意識を、シュロとプリムラが引き留めた。
モニターには、アザレアのハッキングによって同期された、彼女の本来の精神データが映し出されていた。それはプリムラの幼い姿とは違う、凛々しくも麗しい、高貴な印象の女性だった。
「わあ……! これが、本当のお姉ちゃんの顔……綺麗、お姫様みたい」
「褒めすぎよ、プリムラ」
モニターの中のアザレアは、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
「……ゼフィランサスのヤツ、こんな別嬪 待たせて、何やってんだよ」
シュロの中に嫌な予感がよぎったその時、封鎖されたはずの量子転移ゲートが 眩い光を放った。
開いたゲートの中から、傀儡兵士の若い男が 息を切らせて駆け込んでくる。シュロもプリムラも記憶に残っていないほど、地味で色気のない男だった。
「くそっ! まだ残党が残ってたのか!?」
即座に鉈に手をかけるシュロの後ろで、モニターの中のアザレアが ぽつりと呟いた。
「……ゼフィ」
「はぁ!? ゼフィランサス? アイツが!?」
驚愕するシュロの前で その男はへなへなとへたり込み、首をすくめて苦笑した。
「さすが、マイダーリンだ。よく気づいてくれたね」
「当たり前じゃない。――私の、一番好みの顔だったんだから」
地上で傀儡兵士に襲われ負傷した際、ゼフィランサスはその兵士の顔が『本来の自分の顔』に酷似していることに気づき、その場で肉体の乗り換えを敢行したのだ。ワイルドなセクシー美男子との契約は強制終了。一か月の残り時間もすべてリセットされ、彼はこの新しい肉体で、アザレアに最後の別れを告げるためだけに 要塞を駆け上がってきたのだった。
モニターの隅に、彼が連れてきた宿主の脳から同期された『ゼフィランサス本来の精神データ』が映し出される。今 彼が借りている男の顔に驚くほどよく似た、柔和な笑みをたたえる男の姿だった。
「……ゼフィ。あなた、サーバーには還らないのね?」
アザレアの問いに、ゼフィランサスは静かに頷いた。
「うん。僕はやっぱり、地上の人間たちが好きなんだ。この肉体の宿主くんは精神を壊されちゃってるけど、僕が共に生きることで 少しずつ治してあげられると思う。だから僕は、地上に残るよ」
永遠の安息を求めるアザレアと、地上で傷ついた人間と共生する道を選んだゼフィランサス。数百年の時を経て再会した二人の、温かくも譲れない決別だった。
ゼフィランサスはモニターの中に映る永劫の美女を見上げ、悪戯っぽく微笑む。
「今度のフェイスは全然セクシーじゃないし、君の隣にはとても 釣り合わないと思ってたんだけどな」
アザレアは本来の顔で、本来の彼女が大切な男にだけ見せる 心からの笑顔を咲かせた。
「何 言ってるのよ。……隣に居て、一番 私が幸せでいられる顔だったわ」
アザレアの魂のデータが、愛おしそうにゼフィランサスへと手を伸ばし――光の粒子となって、マザーサーバーの奥深くへと吸い込まれて消えた。
「お姉ちゃん……っ!」
プリムラがその場に泣き崩れる。アザレアが完全に還っていったことで、プリムラはもう消耗や衰弱に怯える必要のない、自分の肉体の所有権を取り戻した。
それでも涙を流すプリムラの肩をそっと抱き寄せ、シュロは地上に残る決意をした地味な男に向き直った。
「……おい、すっかりモブ男になったゼフィランサス。アザレアを見送っちまって、お前はこれからどうすんだよ」
「あはは、見た目はおとなしくなったけど、モブなんかじゃないよ。僕は僕の宿主となる人たちを治しながら、この世界で地道に生きていくさ。君たちトラッシュみたいに、泥臭く したたかにね」
ゼフィランサスは新しい宿主の手を動かし、軽く握った拳を胸元に当てた。
「アザレアに代わって言っておくよ。シュロくん、プリムラちゃんをよろしく。今度は君が、彼女の本当の『エンドレス・パートナー』になってあげる番だ」
「……言われなくても、そのつもりだ。ついて来い、プリムラ!」
シュロはぶっきらぼうに答えるなり、プリムラの手を引いて歩き出す。
崩壊を始める空中要塞を後にして、光の差す地上へと向かうシュロとプリムラ。
ロストバディの遺した時代は終わり、これからは この世界を自分の足で歩んでいく人間の時代が始まろうとしている。
手を取り合う少年と少女の背中に、向かう大地を真っ直ぐに照らす光が 降り注いでいた。
【FIN】
【エピソード和訳】
EP7:いっときも早く
EP8:ずっと一緒に、生きていこう




