EP5:ラッキー?? ハプニング
ゼフィランサスから送られてきた 警吏の巡回ルートや警備の死角を入念に確認したシュロ一行は、厳重な警戒が敷かれる【実験都市 コロニー・アーク】へと向かった。
目の前にそびえ立つのは、ロストシティの廃墟とは違う、現役で稼働する堅牢な巨大防壁だ。無数の監視カメラやセンサー、武装した警吏が巡回する「拒絶の世界」を前に、シュロは臆することなく防壁の死角へと回り込んだ。
幾重ものジャンクや汚水管の裏に隠された、人ひとりがやっと通れる歪な鉄格子の抜け穴がある。シュロが手際よくカムフラージュを外すのを見て、意識を表に出したアザレアが 感心したように呟いた。
「こんなもの、よくゼフィが見つけられたわね」
「ゼフィランサスの情報じゃねぇぞ、俺らトラッシュの情報網だ」
シュロは悪怯れずに言い返し、プリムラの手を引いて暗闇の中へと滑り込んだ。コロニーに虐げられながらも、泥臭くネットワークを築いて生き抜いてきた放浪者たちのプライドが、その言葉には詰まっていた。
しかし、防壁を抜けた先に広がる【地下廃棄区画】は、シュロの情報やゼフィランサスのデータを照合してもなお、複雑怪奇に入り組んでいた。上層都市から吐き出される工場の排水や廃棄物が降り注ぐ中、データにない崩落で 行き止まりに突き当たる。
「チッ……なんだよ、地図が違うじゃねぇか。これじゃいつまで経っても辿り着かねぇぞ……」
シュロが苛立って頭を搔く。その背中に、薄暗い配管の上に座り込む フードを目深に被ったトラッシュの老人が、声をかけてきた。
「そこの若いの、ずいぶんと迷っておるようじゃな。……『一分だけ身体を貸してくれたら』、ここから中枢までの最短経路を 教えてやろう」
シュロは反射的に、腰の鉈に手をかけた。
「何だてめぇ。身体を貸すって、どういう意味だ」
老人は怯んだ様子もなく、くっくと笑った。その声のトーンが、エコーがかかったような不自然な響きへと変わる。
「驚かずともよい、ワシは『マツ』。この爺さん――昔はハンサムだったんじゃがの、爺さんの身体を借りて もう何十年もここで共生しているロストバディさ。ワシの精神データを一分だけ、お前さんの脳へ直接 同期すれば、この迷宮の最新マップデータを一瞬で送り込んでやれるぞ」
「あら、いいじゃない」プリムラの口を借りて、アザレアが楽しそうな声を上げる。
「大した負荷でもないでしょ? ……ちょうどいいわ、あなたが私の宿主になるための『予行演習』として、ロストバディに同期される感覚を味わってみなさいよ」
「予行演習なんかいらねぇよ!」
シュロは即座に吐き捨てた。しかし、目の前には赤く点滅するドローンの監視光が迫っている。
「……でも、その話が本当なら、背に腹は代えられねぇか。おい爺さん、本当に一分だけだからな。変な真似したら、脳天の最後の一本 むしり取るぞ」
「ほっほ、最近の若者は怖いのぉ。……ではいくぞ、リラックスせい」
老人がシュロの額に指先を触れた瞬間、シュロの視界がぐにゃりと歪んだ。脳内に冷たい水が流れ込んでくるような、何者かが自分の意識の中に浸入してくる、ゾワゾワとする奇妙な感覚がある。激しい眩暈の中、膨大な地下区画のルートデータが 脳内に凄まじいスピードで構築されていくのを感じた。
――そして、一分後。
同期が完了し、シュロがハッと目を開けると――視界に飛び込んできたのは『ありえない光景』だった。
「…………え?」
目の前には、これ以上ないほど顔を真っ赤にして、涙目でフリーズしているプリムラがいた。しかもシュロ自身は、か細いプリムラの体を 両腕でギュッと力強く抱きしめてしまっている。
シュロの口が、自分の意志とは無関係に朗らかなお爺ちゃん口調で喋り出した。
「ほっほっほ! やっぱり若い男女のハグは最高に良いのう! 久しぶりに良いエネルギーを吸わせてもらったわい!」
シュロの心の声が絶叫する。
(他人の身体で 何してくれてんだ、クソジジイ!!!!)
叫びたいのに、マツの精神がまだ脳の端に残っているせいで、指一本はおろか声すら出すことができない。腕の中からは プリムラの落ち着かない鼓動と甘さを含んだ体温が、ダイレクトに伝わってくる。
「ひゃ……っ、あ、あの、あのあの、その、シュロさん……⁉」
あまりの恥ずかしさにプリムラがパニックになりかけている。見かねたか、ふっと少女の瞳に冷酷な怒りの炎が灯った。アザレアへのスイッチだ。
茹で上がった少女の顔が、瞬時に般若の形相に変わる。
「……へぇ。マツおじいさんに便乗して、私の可愛いプリムラに そんな破廉恥な真似をするなんて。……いい度胸してるじゃない、この野蛮人」
シュロの心の声は、ただひたすら弁明する。
(違う、俺じゃない!! もう一分過ぎてるだろ、早く解除しろよ! 身体のコントロールを返しやがれ、このエロジジイ――!!)
カチリ、と脳内の同期が切れ、シュロの身体の自由がようやく戻った。しかし、それは同時に 冤罪への処刑の始まりをも意味していた。
「ま、待て アザレア! これは俺がやりたくてやったわけじゃ――」
「――問答無用っ!!(シュロさんのばかぁー!!)」
地下廃棄区画に、鋭く容赦のない肉厚な破裂音が二度、盛大に鳴り響いた。
プリムラの純粋な恥ずかしさと、可愛い妹分に破廉恥な真似をされたアザレアの怒りが乗ったビンタは、下手な兵士の攻撃より強力だった。
「ほっほ、マップは確かに渡したからの。気を付けて行くのじゃよ、アオハル若人たち」
「おいこら待てよクソジジイ! 脳天の草むしり終わってねぇぞ」
「おお怖い怖い、退散じゃー」
老人はけらけらと笑いながら、闇に溶け込むように消えていった。何も悪くないはずのシュロは、両頬を真っ赤に腫らすはめになり、激痛を堪えて地面にへたりこむのだった。
【マツ(松)】
花言葉:不老長寿 同情




