EP2:ドライブ・ウィズ・ナイスガイ
「……次の私の『宿主』は、シュロ、あなたに決めたわ」
アザレアと名乗った『ロストバディ』にそう宣告されたシュロは、全身から冷や汗が吹き出すのを感じていた。
「て、てめぇ……冗談だろ……!」
シュロは強引にアザレアの手を振り払うと、一歩 また一歩と後ずさった。トラッシュとして過酷な環境を生きてきた。だからこそ、目の前にいる少女から漂う 捕食者のような底知れない『異常性』を 本能が察知していた。
「冗談なわけないでしょう? わたしは至極 本気よ」
アザレアは少女そのままの表情で くすくすと笑っている。
その時、廃墟の入口の方から 先ほどのならず者とは打って変わって、軽快な足音が響いてきた。
「たっだいまー! アザレア、宿主ちゃんは健康にしてたー?」
シュロは弾かれたように振り返り、腰の後ろに挿していた鉈に手をかけた。
「誰だてめぇ!」
現れたのは、廃墟というボロボロの舞台にはあまりにも不釣り合いな容姿の、若い男だった。整った顔立ちに 冷たささえ感じさせる涼しげな目元、けれど身にまとう空気はどこか気だるげな色気がある。コロニーの上流階級御用達な仕立ての良い漆黒のロングコートを着こなした、完璧な『クール系セクシー美男子』だ。
男はシュロの姿に驚きはしたものの、怯える様子はなかった。
「えっ!? 誰、この子」
「あなたも誰よ」
背後からアザレアが、心底冷め切った声を上げる。
男はショックを受けたとばかりに両手を胸に当て、芝居がかったため息をついた。
「君の愛しいゼフィランサスくんだよ! ……もしかして、今度のフェイス、タイプじゃなかった?」
「ゼフィランサス……? なあ アザレア、こいつも『ロストバディ』なのかよ」
困惑したシュロがアザレアに問う。アザレアは呆れた様子で頷いた。
「そうよ。相変わらず 無駄に派手ね、ゼフィ。宿主が変わったから 本気で誰かと思ったわ」
ゼフィランサスと名乗った美男子は、クールな容姿に似合わない軽い調子で シュロに歩み寄ってきた。
「心外だなぁ。『ロストバディ』ったって、僕はアザレアみたいに 強引に身体を乗っ取ったりしないよ? コロニーの優秀で話の分かる研究者とか、心の病気で身体を持て余してる人と交渉してさ。‟君の脳に僕の持つ大戦時のデータを提供する。代わりに三か月だけ 身体を貸して”って、ウィンウィンの契約を築いてる、知的かつ紳士的なロストバディさ!」
「契約……?」シュロは眉をひそめた。ロストバディの超科学技術と引き換えに、三か月限定で肉体を借りる。頻繁に宿主を変え、姿が変わるから旧知の仲らしいアザレアも すぐには分からなかったのか。
「それよりアザレア。外の調査をしてきたんだけど、ちょっと厄介なことになってる。プリムラちゃんの身体を保たせるためにも、僕たちの魂を還すためのマザーサーバー……そのアクセスキーがある『第一中継施設』に 今すぐ向かった方がいい。幸い、僕の今回の宿主くんが とびきりいい『足』を持っててね」
ゼフィランサスが パチン、と指を鳴らす。廃墟の外に停まっていたのは、傷ひとつない流線型の白い車体を持つ、最新型の超電導駆動・ラグジュアリー装甲車だった。自動ドアが静かに開き、車内には極上のレザーシートと空調設備、冷えた炭酸飲料まで完備されているのが見えた。
「じゃーん! これで目的地の手前まで、安全運転でご案内するよ。シュロくんも遠慮なく乗ってね」
助手席に案内されたシュロは 不機嫌に腕を組み、蒼白な顔でそっぽを向いた。
「チッ……コロニーのモヤシが、色気づいた乗り物 転がしやがって……! 趣味が悪ィったらありゃしない、荒野の砂利道なんか走ったら 一発でイカレるに決まってら」
こき下ろしつつも、トラッシュでは一生かかっても手に入らない最新かつ最高級の乗り物に、シュロはこの上なく悔しそうな顔をしている。
「はは、トラッシュくんの負け惜しみ、確かに承りましたー!」
運転席のゼフィランサスが鼻歌を鳴らしながらハンドルを握り、ラグジュアリーな装甲車は滑るように荒野へと走り出した。
「それはそうと、目が覚めていきなり 野蛮人が同じ空間に居たら、プリムラが怖がるわ。挨拶くらいしておきなさい」
助手席のシュロに向けて、ふかふかの後部座席に埋もれるアザレアが言った。
「は? 誰が野蛮人だよ」
「あ な た 。おとなしい子だからって、ぞんざいに扱うんじゃないわよ。――出てらっしゃい、プリムラ」
アザレアが優しく呟いた瞬間、少女の身体からふっと力が抜け、カクンと首が傾いた。数秒の沈黙の後、ゆっくりと顔が持ち上がる。さっきまでの冷徹な知性や不遜な笑みは、そこから完全に消え去っていた。
怯えた小動物のように、純真で頼りない 年相応の少女の瞳が、そこにある。
「……あ、あの……はじめ、まして。プリムラ、です……」
シュロの顔さえ見返せずに、少女は消え入りそうな声で 服の裾をぎゅっと握って絞り出す。
あまりのギャップに、シュロは激しく混乱した。
「……んまッ、マジで、中身が変わってんのかよ。えと、俺は シュロだ。……コロニーのならず者連中からお前を助けたのは、その、本当だからな……一応」
「あ、はい。アザレアお姉ちゃんの目を通して、見てました」
プリムラは素直にぺこりと頭を下げた。本当に、先ほどまでと大違いだ。
「危ないところを助けてくれて、ありがとうございました。あの、シュロさん……お姉ちゃんが、意地悪 言って、ごめんなさい……。でも、アザレアお姉ちゃんは、悪い人じゃないんです!」
「お姉ちゃん」と、プリムラはアザレアを呼んだ。肉体を奪われているはずの彼女が、健気にアザレアの無礼を謝り、嫌うどころか 心から慕っている。
「凍えて死にそうだった時、アザレアが強制的に身体を温めて、何とかこの子は一命を取り留めたんだよ」
「ゼフィ、聞かれてないことは言わなくていいのよ」
「ほら、アザレアも照れ屋で可愛いだろ?」
「ばか」
ゼフィランサスからそんな裏事情を聞かされ、シュロは居心地悪く頭を掻いた。アザレアはいまだ脅威だが、プリムラは守るべき対象だ。放っておけばアザレアの侵食で 死んでしまうというのだから。
「……分かったよ。プリムラに免じて、アザレアの態度は大目に見てやる。だからお前も、しっかりそいつを見張ってろよ」
頬を赤らめながら放たれるシュロのぶっきらぼうな台詞に、プリムラは嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ……ふかふかで気持ちいいね、お姉ちゃん」
無邪気にシートを撫でるプリムラを見て、シュロはひとり拳を握りしめる。
(一刻も早く、『還るべき場所』ってヤツを見つけて、アザレアをそこへ追い出す。そうしなきゃ、俺の身体も、この子の命も持ってかれちまう――)
格差への悔しさを押し殺し、シュロはゼフィランサスが提示した最初の目的地、狂った緑の魔窟【気象管制バイオドーム】のデータを 鋭い瞳で見つめるのだった。
【アザレア(躑躅)】
花言葉:愛の喜び 禁酒 自制




