EP1:トラッシュ・ミーツ・ロストバディ
超未来的世界の荒廃したロストシティ――古代廃墟群。かつて栄華を極めた人類の超科学は、数百年前の大戦によって跡形もなく崩壊していた。今や世界は、特権階級が最先端のテクノロジーを独占する『コロニー』と、そこから弾かれ、錆びたジャンクを貪って生きる放浪者『トラッシュ』の世界に分断されている。
「お。ビンゴ。まだ生きてるな、これ」
そこは薄暗い半地下の廃墟。十六歳の少年・シュロは防塵マスクの奥で不敵な笑みを浮かべた。手入れをしたなら見目好いだろう顔立ちは 煤と油で汚れているが、その鋭く光る瞳には、過酷な世界をたった一人で生き抜いてきた 野生動物のような抜け目なさがある。
シュロの小器用な指先が、未知の金属でできた障壁の隙間から、古代の精密パーツを慎重に引き抜いた。所属を持たないトラッシュである彼にとって、この廃墟巡りと遺物の物色は、今日を生き延びるための神聖な仕事だった。
探索をあらかた終えて、背負った大きな袋が金属の重みに満たされた頃だった。廃墟の奥から複数の荒々しい足音と、下俗な笑い声が響いてきた。
「まさか、こんな特級遺物の塊みてぇな場所に、トラッシュのガキが 一人で隠れてやがるとはな」
「へへっ、このツラと体なら、コロニーの色町に持ち込めば 高値で売れるぜ!」
「おい、暴れるなよ お嬢ちゃん。おとなしくしてねぇと 痛い目見ちゃうぞ」
シュロは瞬時に気配を消し、錆びた配管の陰に身を潜めた。隙間から覗くと、近代的な防護服を着込み、光線銃を構えた数人の男たちがいるのが見えた。いかにも『コロニーのならず者』といった風体の男たちが、一人の少女を無理やり連れ去ろうと取り囲んでいる。
少女の年頃は十二~十三歳くらいに見えた。薄汚れた麻の服を着ているが、その容姿は場違いなほど愛らしく、どこか浮世離れした美しさがあった。
(……コロニーの色豚どもが。またトラッシュの子どもを攫ってくつもりかよ)
シュロの胸に、冷たい嫌悪感が走る。もともと特権を笠に着てふんぞり返っているコロニーの人間が大嫌いだった。ここで見捨てて逃げるのが 現実的なトラッシュの立ち回りだ。だが、年端もいかない少女が下劣な色豚の毒牙にかかろうかという場面を見て、そのまま背を向けるのは シュロの男のプライドが許さなかった。
(真っ向勝負で 勝てる相手数じゃねぇ。なら――)
シュロは腰の道具袋に手を伸ばした。取り出したのは 廃墟の金属屑を削って自作した 粗悪な『マキビシ』と、化学薬品の残りカスを調合した『煙幕弾』だ。トラッシュのサバイバル技術が詰まった、泥臭いジャンクアイテムの一部である。
「誰だっ!?」
ならず者の一人が叫んだ瞬間、シュロは彼らの死角からマキビシを容赦なく投げつけた。金属の棘が防護服の薄い部分を直撃し、男たちが悲鳴を上げてよろめく。すかさずシュロは、床へ煙幕弾を叩きつけた。
ぷしゅううっ! と 全方位に噴出したどす黒い煙幕が、視界を完全に奪う。
「ゲホッ、ゴホッ! なんだ、この煙は!?」「て、敵襲か!? どこだ!!」
「こっちだ、間抜け!」
煙の中、シュロは持ち前の素早さを生かして疾走した。廃墟の入り組んだ構造は すでに頭に入っている。影のように敵の背後に回り込み、咄嗟に手にした鉄パイプで 銃を撃つ手を強打した。さらに、混乱するならず者たちの足を引っ掛け、互いを衝突させてやる。
正々堂々とはほど遠い、徹底して死角を突く小賢しい戦法。コロニーの温室育ちどもにとって、トラッシュの薄汚い奇襲は パニックを引き起こすのに十分だった。
「クソッ、ドブネズミめ! 一旦 引くぞ」
ならず者たちは視界の利かない煙の中、負け惜しみを吐きながら 廃墟の外へと逃げ出していった。
「ふぅ……。ヤワな装備で 外遊びなんかするんじゃねぇよ」
煙が薄れてくると シュロは防塵マスクを外し、大きく息を吐いた。煙の向こうにへたり込んでいる少女を見つけると、そのまま歩み寄っていく。
「おい、大丈夫か。怪我は――」
「……卑怯な手ばかり 使ってたわね」
開口一番、少女の口から飛び出してきたのは感謝ではなく、心底呆れ果てたような 高圧的な言葉だった。声音は年若い少女のそれとは思えない、成人した女性のような艶をはらんでいる。
一瞬は呆気にとられたが、悪怯れることなく すぐさまシュロも言い返す。
「は? 何が卑怯だ。……馬鹿正直に 真正面から真剣勝負なんかして、俺みてぇなトラッシュがコロニーの最新装備着けた連中相手に 生き残れると思ってんのかよ」
「……ふふ、年の割に現実がわかってるじゃない。悪くないわ……合格よ」
少女――否、少女の肉体を借りている何かは、クスッと不敵に笑った。同時に、少女の瞳が怪しい電子の光を帯びて明滅する。
「合格? 何 言ってんだよ。……訳の分かんねぇことばっかり言ってるな。お前もトラッシュだろ、こんなトコに長居は無用だ。さっさとズラかるぞ」
不審に思いながらも、シュロが少女の細い手を引いて歩き出そうとした、その時だ。少女の体がピタリと足を止めた。引っ張ろうとしたシュロの腕が、びくともしない。少女のたおやかな指先が、人間離れした異常な力でシュロの手首をガッチリと握り返している。
「……っ!? なんだ、この力……」
「この子が寒さをしのごうと、そこのコールドスリープ端末をいじっちゃってね。それで、数百年の眠りから 私が目覚めちゃったのよ。肉体のない私は、目の前にいたこの子を『乗っ取る』しか、生きる方法がなかったんだけど……」
少女の顔をしたソレは、ゆっくりと顔を上げ、至近距離からシュロの瞳を覗き込んできた。
「素晴らしいわ。引き締まった体躯、可憐な少女を前に命を懸ける度胸。……次の私の『宿主』は、あなたに決めたわ。……ふむふむ、名前は シュロ、ね」
「――は? なんで俺の名前を……。っていうか お前、一体 何者なんだよ!」
シュロの背筋に、生まれて初めて経験する 強烈な悪寒が走った。教えてもいない自分の名前を、瞳を見つめるだけでその少女は読み取った。
「私はアザレア。あなたたちが『ロストバディ』――古代人の成れの果て と呼ぶ種族の一人よ。この子……プリムラの肉体も、私の侵食であと数年しか保たないの。だからそれまでに、あなたの肉体に乗り換えさせてもらうことにしたわ。そんなわけでこれからよろしくね、私の次のパートナー」
アザレアと名乗った何かは、少女の愛らしい顔に不釣り合いな 美しくも冷酷な微笑を浮かべたのだった。
【シュロ(棕櫚)】
花言葉:勝利 不変の友情




