婚約したそうです
気がつけば領地に来てから三ヶ月の時が過ぎていた。
数日前に父から送られてきた手紙によると王都の騒ぎはまだ落ち着かないらしい。王都から公爵領に訪れる商人達も同じ事を言っていた。
私とアーサーの婚約解消の知らせは王都どころかこの国を大きく騒がせた。
唐突な別れであった為どちらかに問題があったと考える人間が多い。聞いたところによるとアーサーに非難が集中しているようだ。
婚約者がいなくなった直後に『真実の愛』の相手である女性との婚約を無理やり成立させようとしていた。その事もあって婚約解消の原因はアーサーの浮気だと言う人が多い。
実際にそうなのだから否定しようがないけど。
アーサーとストーン伯爵令嬢が婚約したという知らせは三ヶ月経っても入ってきていない。
「婚約出来ないのだから当たり前だけどね」
ただアーサーがストーン伯爵令嬢を自分の婚約者であるかのように振る舞っている話とそれに伴って彼女が調子に乗っているという話はよく耳にする。またストーン伯爵自身も娘が王太子妃になるかもしれないという事で大きな顔をしているらしい。
令嬢の方はともかく伯爵の方は王族に嫁ぐ資格を知っているはず。なのによくそのような態度がとれるなと思ったが原因は陛下と王妃様にある。
陛下達もストーン伯爵令嬢が王族に嫁ぐ資格がない事を知っている。にも拘わらず二人の婚約話を否定しないのだ。
可愛い我が子が愛する者との結婚を望んでいるのか、特別な理由があるのか今も沈黙を保っているらしい。
「どっちみち私には関係のない事だわ」
放っておいてほしいのにどこから嗅ぎつけたのか、私が領地にいると知ったアーサーから何通か手紙が届いた。中身はどれも縁談話。
余計なお世話だと燃やしたい気持ちになるが王族からの手紙を勝手に燃やすわけにもいかず返事を書いて陛下宛に送り返している。その度に陛下からは謝罪の言葉をもらうけどそれよりもアーサーが私に関わらないように対処してほしいところだ。
「向こうにいたら今頃大変だったでしょうね」
領地に来たのは正解だったと思う。
兄の補佐は大変というほどではない。
お忍びで町に出て領民との交流を図るのは楽しいし、王都では聞かなかった面白い話が聞けるので最近では自分から町に出るようにしている。
書類仕事も多いが内容はアーサーの婚約者であった頃に行っていた公務とさほど変わらず困った事は特にない。
「ソフィちゃん、お茶にしましょう?」
領地で暮らす日々に問題があるとするならば義姉レイラだ。彼女が迷惑をかけてくるとかそういう訳じゃない。むしろ優しくしてもらっているし、よく甘えさせてもらっている。
「義姉様、私は仕事中ですよ」
問題点は私が仕事中でも構ってくる事だ。
邪魔をしてくるわけではない。
急ぎの仕事をしている時は来ないが時間に余裕がある時は必ずと言っていいほどやって来る。
「それは今日やらなくても大丈夫なものでしょう?」
「そうですが…」
「私とお茶するの嫌?」
甘えたように言ってくる義姉に私が勝てるわけもなくあっさりと折れてしまう。
「分かりました。この一枚だけ終わらせたらお茶にしましょう」
「ありがとう」
嬉しそうな義姉は連れてきたメイドにお茶の用意をしてもらう。
書きかけの書類を終わらせて彼女の向かい側に座る頃にはお茶の準備も終わっていた。
「どう最近は?」
「大丈夫ですよ。穏やかに過ごせています」
「そっか。良かったわ」
こんな風に私が心配で構ってくれているのが分かるので毎度断れないのだ。
紅茶を飲んでいると義姉はどこか浮かない顔をする。
何かあったのだろうか?
「レイラお義姉様?」
「あのね、一応知らせた方が良いと思うから言うのだけどアーサー殿下とストーン伯爵令嬢の婚約が成立したらしいの」
「は?」
開いた口が塞がらないというのはこの事だろう。
どうして婚約が成立したのか理解不能だ。
王族に嫁ぐ資格がない令嬢と王族の婚約は長い歴史を持つ王家の決まり事に反しているではないか。
どうして婚約が成立したのだろう。
「ソフィちゃんの気持ちも分かるわ。ただ理由があるのよ」
「理由?」
「陛下は彼らを結婚させるつもりはないらしいの」
苦笑しながら告げる義姉を見て眉間に皺を寄せる。それならどうして婚約を成立させたのだろう。ますます理解不能だ。
陛下達は何を考えているのでしょうか。
「どうやらアーサー殿下に現実を解らせてあげたいらしいのよ」
「どういう事ですか?」
「甘やかされて育った我儘娘が王太子妃教育に耐えられると思う?」
幼い頃から受けてきた数々の苦難を思い出し首を横に振った。
「逃げ出すでしょうね」
あれは甘やかされて育った人間が受けて耐えられるような試練じゃない。
私だって何度も心が折れかけたくらいだ。
あのストーン伯爵令嬢には荷が重いだろう。
「逃げる先は殿下のところね」
「そうですね」
ストーン伯爵令嬢はアーサーなら自分を甘やかしてくれると思っているのだろう。
実際に彼は彼女に甘い態度をとるはずだ。しかし王太子妃教育に関しては甘えは許されない。アーサーだってそのくらい分かっているはず。それすらも分からなくなった愚か者でない限り彼は彼女を突き放すだろう。
「王太子妃教育から逃げ出したからといって彼が彼女を好きじゃなくなるわけではありませんよね?」
真実の愛ですからね。
そんなものに巡り合った事のない私からしたらよく分からない事ですけど。
「そうね。ただソフィちゃんの方が良かったと思い始めるきっかけにはなるかもね」
「それは是非遠慮したいですね」
アーサーに対しては婚約者であったからこそ愛情を持っていた部分がある。婚約者でなくなった今は臣下の一人として立派な王になってほしいくらいだ。
下手に関わりを持ちたくない。
「仮に殿下が彼女を突き放したらどうすると思う?」
「陛下あたりに擦り寄るかもしれませんね」
陛下は四十歳であるがその見た目は若々しい美丈夫だ。彼女がほしいと思う相手になってもおかしくない。
「その可能性もあるし、他の男性のところに行く可能性もあるわ」
「それを知ったら殿下は悲しむでしょうね」
「もしくは彼女は悪くないとか言い出しそうね」
そこまで愚か者になったとは思いたくないのだけど可能性としてないと言い切れないのが問題だ。
「どんな経過を辿っても最終的にはろくでもない女だったと分からせるのが陛下の狙いよ」
「それは上手くいくと良いですね」
「それでも真実の愛を貫き通したいというのなら廃嫡にするって話もあるらしいわ」
アーサーには兄弟がいない。
王家には王位継承権を持つ者は他にいないのだ。つまりアーサーが廃嫡されたら他の家の王位継承権を持つ者が立太子する事になる。
オズワルデスタ公爵家にも王家の血が通っている為、弟のジョセフが継承権を持っているのだ。しかも第三位と高めの順位をつけられている。本人には王になる気はないのでそのうち継承権を破棄するつもりらしいが今回の件の結果次第ではそうもいかなくなるだろう。
「弟に迷惑をかける真似はしてほしくないですね」
「本当にね」
それにしても真実の愛はどこまで貫き通せるのでしょうね。
物語としては結末を見てみたいものです。
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