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散文  作者: みけねこ
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幸福

 偶然話す機会を得た人、特に良くも知らない人と身の上話をして、その人について私も知りたいという欲を持っていた。というのもその人が生きていることに興味があったといえばいいのか、よくわからないが、その人がどうすれば今の状態にいるのか気になったといえばその方が正しいのかもしれない。おそらく常人であれば自分が生きていくことがすべてであるように気がする。

 こんなにも何もない国にいても、自分しか見えないのがほとんどの人のすべてであるように思う、それは、若さとか老人であることであることとか関係なく、すべての人の志向は最終的には自分自身に還元するものでしかないという持論の上ではあるのだが――。

 さてよく大人たちは私たちに人のために生きるだとか、くだらない良識を押し付ける。しかし人のために生きるよりも先に来るのは、自分のために生きることである。人のために生きて自ら死を選ぶような人がときどきいるようである。こういった思考は間違った教育ともいえるだろう。どうせ最後は仕事にありつくのが人の人生である。どうせ仕事は誰かのためになるものしかない。であれば自分自身が仕事にありつけるように、自分自身のために生きることがまず一番に先に来るのである。結局自分のことを考えることがいちばん人のためになる。

 その人は私の身体をマッサージしていた。どうしたらこういう世界で生きようと思うんですか? と私が訪ねると、その人は少しぽかんとして空を仰ぎ見ていた。

「学校を出てからこれしかしてないから、どうしてとか考えたことなかった」というのが回答であった。

 どこか出張したりするのだろうかとまた尋ねると、

「いえ、M(町名)でしか仕事はしないですね」という。

「M以外に行くことはないんですか?」

「昔お客さんに車で迎えに来てもらったんですけど、帰るときどこかも分からないところで降ろされて大変だったんです」というのである。

「普段S駅に出当たりとかはしないんですか?」

「もう数年行ってないですね」

「数年? そしたら数年Mから出ていないんですか?」

「はい、そうですね」

 その人は学校を卒業してからほとんどを一つの街の中だけで過ごしてきたという。

 私なんかは学生の頃から、山陽道からあ山陰へ回って帰ってきたり、四国へ行ったりしたが、この人物はこの時世で自分のまれた町からあまり出たことがないのだという。

 私はここに一つの行き違いのようなものを感じた。

 そしてこの人物の身なりの汚さというか、安っぽさというか、貧乏というものの隠れた状態を見出したようにも感じるのである。

「この仕事って儲かるんですか?」と私が最後に訪ねると――、

「ええ、普段の仕事のシフトを外れてもこの仕事した方がずっといいですね。けれども、めったに呼び出されないので、ありつけたらラッキーといいますか――」といった。

 私はそれの人生なのだろうかと思いながら、自分の学歴と職歴を振り返って、幸せっていうのは何を指すのかと思っていた。

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