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彼女は渡さない!婚約破棄寸前の悪役令嬢は男化した聖女に溺愛される  作者: *ほたる*


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9/10

9話 私の側を離れるな

「……どういうことだ」


 シェルドの声が低く落ちる。


 だが、セイルは真っ青な顔で首を振った。


『僕にも、何がなんだか分からないんです……!』


『でも……母上が危険なのかもしれません』


 姿見の向こうで、セイルの瞳に涙が滲む。


『父上……。

 母上を……守ってください!』


 姿見の光が、激しく揺らぐ。


「待て、セイル――」


 次の瞬間、鏡面がぱたりと暗くなった。


 静寂。

 シェルドは、ゆっくり拳を握り締めた。


 ***


 翌朝。

 馬車の扉が閉まる。


 向かいへ腰掛けたシェルドは、

 無言でセフィラを見つめていた。

 セフィラが、少し不思議そうに瞬く。


 今のところ、変わった様子はない。

 黒髪も、白い肌も。

 いつものセフィラのままだ。


 シェルドは、ひとつ息を吐いた。


(……まだ、大丈夫か)


 だが、視線は離さない。

 何が起こるのか分からない。

 警戒するに越したことはなかった。


 ふいに、セフィラが目を伏せる。

 長い睫毛へ、朝日が淡く落ちた。


 また心臓が、どくりと跳ねた。


 ……?


 最近感じる、この胸の鼓動はなんだ?

 意味が分からない。


 ただセフィラを見ていると、なぜか落ち着かない。

 視線を逸らせば済む。

 それなのに、どうしても目が追ってしまう。

 シェルドは眉を寄せた。


 しばらくして。

 馬車が静かに学園前へ止まる。


「おはようございます。セフィー様」


 アレスが、こちらへ歩み寄ってくる。

 だが、今日はどこか疲れた顔をしていた。


「……アレス様?」


 セフィラが不思議そうに首を傾げる。

 アレスは小さく息を吐いた。


「実は……今日から数日間、学園へ来られないんです」


「え?」


「聖女の仕事へ戻らなければならなくて」


 シェルドの紫の瞳が、わずかに細められる。


「……何かあったのか」


「少し、サボり過ぎました」


 アレスが、どこか遠い目で呟いた。


「でも、神殿へ戻る前に貴方に一目会いたくて」


 アレスの両手がセフィラの手を包み込む。


「いつ見ても、セフィー様は可愛いですね」


 ふっと微笑んだ。

 セフィラの頬が赤く染まる。


「……お前……」


 すると。


「アリス様ーーー!!」


 校門の向こうから、

 慌てた神官が駆け込んでくる。


「お急ぎください!

 結界が! 結界がーー!!」


「…………」


「…………」


 沈黙。

 アレスが、思わず顔を覆った。


「……行ってきます」


 どこか疲れた様子のまま歩き去っていく。

 その背中を、セフィラが心配そうに見つめた。


「だ、大丈夫なんでしょうか……」


「……問題ないだろう。あいつは聖女だ」


 シェルドが口を開く。

 セフィラが、少しだけ眉を下げる。


 シェルドは、そっと視線を逸らした。


 ――数日間、

 アレスは学園へ来ない。


 脳裏に、昨夜のセイルの声が過る。


『母上を……守ってください!』


「……セフィ」


「はい?」


「今日から、私の側を離れるな」


「え?」


 セフィラが、ぱちりと目を瞬かせる。


「え、えっと……授業中もですか?」


「当然だ」


「む、無理です……!」


 シェルドは、小さく眉を寄せた。

 席も、隣にするよう教師へ話しておくべきか。

 本気で考え始めている自分がいた。


「…………?」


 セフィラが困ったように首を傾げた。

 気づけば、シェルドはそっとセフィラの手を取っていた。


「……とりあえず、行くぞ。

 何が起こるか分からん」


「……ここは、戦場か何かでしたっけ?」


 セフィラは、困惑したまま呟いた。

 二人はそのまま歩き出す。


 今はまだ、

 学園では、何も起こっていなかった。


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