8話 母上まで消えかけてるんです!
馬車の扉が閉まる。
向かいへ腰掛けたシェルドが、顔を上げた。
窓から差し込んだ朝日が、
セフィラの黒髪を柔らかく照らす。
白い肌が、淡く光を弾いた。
心臓が、どくんと跳ねる。
(……なんだ)
(こいつ、こんな顔をしていたか?)
今まで何度も向かい合ってきたはずなのに。
今日は、どうしても目が離せない。
「…………」
視線が離れない。
セフィラは目を瞬いた。
最近、シェルドの様子が少しおかしい。
アレスと妙な空気になることも増えた。
何か、怒らせてしまったのだろうか。
けれど……
思い当たることはない。
だからセフィラは、困ったように笑みを浮かべた。
すると、
シェルドの紫の瞳が、わずかに見開かれる。
「…………」
そっと顔を逸らした。
ほんのり、頬が赤い。
馬車の窓から、朝の風が流れ込む。
揺れた銀髪へ、朝日が淡く落ちた。
沈黙。
けれどその空気は、不思議と居心地が悪くなかった。
馬車が、学園前へ止まる。
扉が開いた瞬間。
「……あ」
セフィラが小さく声を漏らした。
校門脇の木陰。
そこには、既にアレスの姿があった。
ピンク色の瞳が、二人を見る。
やがて、アレスがこちらへ歩み寄って来る。
「おはようございます。セフィー様」
「……アレス様」
シェルドに手を取られ、セフィラは馬車を降りた。
「セフィ」
シェルドが、どこか不機嫌そうに続ける。
「前から言っているが、こいつはアリスだ。
男ではない」
「……嫌にしつこいですね」
アレスが、じとりとシェルドを見る。
「セフィー様に、私を恋愛対象として見てもらいたくないんじゃないですか?」
その言葉に、シェルドがぴたりと黙った。
表情が、わずかに固まる。
なぜか、すぐには否定できなかった。
「……え?」
セフィラが目を瞬かせた。
頬が、みるみる赤く染まっていく。
「…………」
「…………」
妙な沈黙が落ちた。
「わ、わたし……
今日、日直なので……」
耐えきれなくなったように、
セフィラが口を開く。
「さ、先に行きますねっ」
そのまま、ぱたぱたと校舎へ駆けていく。
黒髪が、風の中でふわりと揺れた。
シェルドは、その背中をじっと見つめていた。
姿が見えなくなっても、視線はしばらく動かない。
「貴方……ちゃんとセフィー様を好きなんですね」
アレスがぽつりと呟いた。
シェルドが眉を寄せた。
「……何の話だ」
「私の知っている知識と全然違う」
どこか不思議そうな声だった。
シェルドは、淡々と口を開く。
「セフィを恋愛的には見ていない。
観劇のような激情は、
彼女には抱いていないからな」
その言葉に、アレスが完全に固まった。
それが答えだと、本気で思っているらしい。
「…………」
「…………?」
次の瞬間、アレスが吹き出した。
「……っ、ふふ……」
「おい」
「ほんとに……
ゲームと全然違う……」
肩を震わせながら笑う。
シェルドは、意味が分からないまま眉を顰めるのだった。
その夜。
自室へ戻ったシェルドは、
静かに上着を脱いでいた。
ふいに、部屋の姿見が淡く光る。
『父上!!大変です!』
姿見の向こうに、セイルの姿が映し出される。
切羽詰まった声だった。
シェルドが、鋭く目を細める。
「……何があった」
『未来が……崩れかけています!』
『僕だけじゃない……
母上まで、消えかけてるんです!!』




