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彼女は渡さない!婚約破棄寸前の悪役令嬢は男化した聖女に溺愛される  作者: *ほたる*


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8/9

8話 母上まで消えかけてるんです!

 馬車の扉が閉まる。

 向かいへ腰掛けたシェルドが、顔を上げた。


 窓から差し込んだ朝日が、

 セフィラの黒髪を柔らかく照らす。


 白い肌が、淡く光を弾いた。

 心臓が、どくんと跳ねる。


(……なんだ)


(こいつ、こんな顔をしていたか?)


 今まで何度も向かい合ってきたはずなのに。

 今日は、どうしても目が離せない。


「…………」


 視線が離れない。

 セフィラは目を瞬いた。


 最近、シェルドの様子が少しおかしい。

 アレスと妙な空気になることも増えた。


 何か、怒らせてしまったのだろうか。

 けれど……

 思い当たることはない。


 だからセフィラは、困ったように笑みを浮かべた。


 すると、

 シェルドの紫の瞳が、わずかに見開かれる。


「…………」


 そっと顔を逸らした。

 ほんのり、頬が赤い。


 馬車の窓から、朝の風が流れ込む。

 揺れた銀髪へ、朝日が淡く落ちた。


 沈黙。

 けれどその空気は、不思議と居心地が悪くなかった。


 馬車が、学園前へ止まる。

 扉が開いた瞬間。


「……あ」


 セフィラが小さく声を漏らした。


 校門脇の木陰。

 そこには、既にアレスの姿があった。

 ピンク色の瞳が、二人を見る。


 やがて、アレスがこちらへ歩み寄って来る。


「おはようございます。セフィー様」


「……アレス様」


 シェルドに手を取られ、セフィラは馬車を降りた。


「セフィ」


 シェルドが、どこか不機嫌そうに続ける。


「前から言っているが、こいつはアリスだ。

 男ではない」


「……嫌にしつこいですね」


 アレスが、じとりとシェルドを見る。


「セフィー様に、私を恋愛対象として見てもらいたくないんじゃないですか?」


 その言葉に、シェルドがぴたりと黙った。

 表情が、わずかに固まる。

 なぜか、すぐには否定できなかった。


「……え?」


 セフィラが目を瞬かせた。

 頬が、みるみる赤く染まっていく。


「…………」


「…………」


 妙な沈黙が落ちた。


「わ、わたし……

 今日、日直なので……」


 耐えきれなくなったように、

 セフィラが口を開く。


「さ、先に行きますねっ」


 そのまま、ぱたぱたと校舎へ駆けていく。

 黒髪が、風の中でふわりと揺れた。


 シェルドは、その背中をじっと見つめていた。

 姿が見えなくなっても、視線はしばらく動かない。


「貴方……ちゃんとセフィー様を好きなんですね」


 アレスがぽつりと呟いた。

 シェルドが眉を寄せた。


「……何の話だ」


「私の知っている知識と全然違う」


 どこか不思議そうな声だった。


 シェルドは、淡々と口を開く。


「セフィを恋愛的には見ていない。

 観劇のような激情は、

 彼女には抱いていないからな」


 その言葉に、アレスが完全に固まった。

 それが答えだと、本気で思っているらしい。


「…………」


「…………?」


 次の瞬間、アレスが吹き出した。


「……っ、ふふ……」


「おい」


「ほんとに……

 ゲームと全然違う……」


 肩を震わせながら笑う。

 シェルドは、意味が分からないまま眉を顰めるのだった。


 その夜。


 自室へ戻ったシェルドは、

 静かに上着を脱いでいた。


 ふいに、部屋の姿見が淡く光る。


『父上!!大変です!』


 姿見の向こうに、セイルの姿が映し出される。

 切羽詰まった声だった。


 シェルドが、鋭く目を細める。


「……何があった」


『未来が……崩れかけています!』


『僕だけじゃない……

 母上まで、消えかけてるんです!!』


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