5話 好きではない
休日の昼。
王宮の中庭。
白いテーブルの上で、
紅茶から湯気が立ち上っていた。
セフィラは静かに席へ座り、
カップへ視線を落としている。
しばらくして。
「……待たせたな」
低い声が落ちた。
顔を上げる。
銀髪のシェルドが、こちらへ歩いてきていた。
「……いえ。
私も、先ほど来たところです」
セフィラが、小さく笑う。
その笑顔に、
一瞬、シェルドの胸がざわついた。
「…………?」
思わず眉を寄せる。
こうして時折、
二人で茶を飲む時間があった。
セフィラとの茶会は、
昔から嫌いではなかった。
無理に会話を続けなくてもいい。
嫌なことがあった日でも、
不思議と、この時間だけは居心地が悪くなかった。
だが今まで――
こんなふうに、
胸が落ち着かないことはなかった。
シェルドは席へ座る。
二人は向かい合ったまま、茶を口へ含んだ。
「……味が違うな」
シェルドが、目を瞬かせた。
「分かるんですか?」
「いつもより、香りが柔らかい」
セフィラは頬を緩めた。
「心を落ち着かせるハーブを、
少しだけ混ぜて頂いたんです」
「昨日の件でも……
気にかけていただいて、ありがとうございました」
シェルドの表情が、わずかに変わる。
(……傷ついたのは、
お前自身のはずなのに……)
「お前……他人に気を遣いすぎなんじゃないのか?
今までだって……
もっと早く、私へ相談してくれれば――」
そこまで言って。
シェルドは、ふいに言葉を失った。
(……対応していたか? 私は)
セフィラは、そっと目を伏せる。
「……慣れてますから。
シェルド様は、気にしないで大丈夫です」
穏やかな声だった。
まるで、本当に何でもないことのように。
ずきん、と。
一瞬、胸の奥が痛んだ。
(……なんだ)
息が詰まる。
(なぜ、こんなに苦しい……)
窓から吹き込んだ風が、
ふわりと二人を撫でていった。
***
「……ということがあってな」
夜。
シェルドの自室。
姿見の前で、ぽつりと呟く。
鏡の中のセイルが、碧の瞳を瞬かせた。
『それ、頼られたかったんじゃないですか?』
「……は?」
シェルドが目を見開く。
『母上が、一人で耐えてたことが苦しかったんでしょう?』
『それで……もやもやしてるんじゃないですか?』
シェルドは、顎へ指先を添えた。
(……そう、なのか?)
『やっぱり父上、
母上のこと好きなんじゃないですか。
僕、ちょっとだけ安心しました』
セイルが、ほっとしたように笑う。
その笑顔が、どこかセフィラに似ていた。
シェルドの表情が、少しだけ柔らぐ。
「……劇のような恋愛とは別だ。
好きではない」
セイルが呆れたようにため息を吐いた。
『ほんとこの人は……』
碧の瞳が、じとりと細められる。
『いい加減にしてください。マジで』
シェルドは小さく眉を寄せた。
だが、胸の奥のざわつきだけは、まだ消えなかった。
***
一方、セフィラの自室。
窓の外の夕闇で、黒い靄がゆらりと揺れる。
まるで、獲物を見つけたように。
眠るセフィラの足元へ、
そっと這い寄っていた。




