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彼女は渡さない!婚約破棄寸前の悪役令嬢は男化した聖女に溺愛される  作者: *ほたる*


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4/6

4話 なぜだ?

 放課後。

 教室には、まだ何人かの生徒が残っていた。


 帰り支度をしていたセフィラの前へ、

 一人の影が立つ。


「……セフィラ嬢」


 顔を上げる。

 レオルが、ひどく険しい目でこちらを見ていた。


「レオル様……?」


「……少し、よろしいですか」


 その目には、明らかな怒りが滲んでいる。


「貴方、アリス様に何をしたんです?」


 セフィラが目を見開く。


「な、何も……」


「では、なぜです?

 今まで、アリス様が貴方と関わったことがありましたか?」


 周囲の生徒たちも、

 思わず視線を向けていた。


 レオルの瞳には、

 焦りにも似た感情が滲んでいる。


「純粋な彼女に、

 何を吹き込んだんです?」


「男の姿にまでなるなんて……

 洗脳でもしたんじゃないですか?」


「……っ」


 その一言に、

 シェルドの眉が動く。


 いつものレオルなら、

 せいぜい嫌味を言う程度だった。


 だが今日は違う。

 感情を、抑えきれていない。


 セフィラの瞳が、一瞬揺れる。


「私は、何もしていません」


「……この期に及んで、まだ否定を?

 誰が、そんな言葉を信じるんです」


 教室が、しんと静まり返る。


 セフィラの指先が、

 わずかに強張った。


 だが。


「……何を言われようと」


 セフィラはレオルを見つめ返した。


「やっていないことを、

 認めることはできません」


 レオルの表情が歪む。


「貴方のせいで……

 アリス様まで、おかしくなったんだ!」


「――やめてください」


 低い声が、教室へ落ちた。

 入口に、金髪の青年が立っている。

 ピンク色の瞳が、まっすぐレオルを見据えていた。


「アリス様……!」


 レオルの顔色が変わる。

 アレスは教室へ入り、セフィラの隣へ立った。


「聖女が、洗脳なんてされるわけないでしょう?

 私は正常です」


 レオルが言葉を詰まらせる。

 アレスはそのまま、ゆっくり教室を見渡した。


「……貴方達は、

 自分に都合のいいものしか見ないんですね」


 しん、と空気が静まり返る。


「あの婚約破棄の件もそうです。

 実際に、セフィー様が私を閉じ込めた瞬間を見た人はいるんですか?」


 誰も、口を開かない。


「助けようとしていた彼女を、

 勝手に誤解しただけでは?」


 その言葉は、

 教室の空気を鋭く切り裂いた。


「……行きましょう、セフィー様」


 アレスが手を差し出す。


「あ、アレス様……」


 セフィラは戸惑いながらも、

 そっとその手を取った。


 アレスはわずかに目を細め、

 そのまま教室を後にする。


 一瞬、沈黙が落ちる。


「……レオル」


 シェルドの鋭い視線が、

 レオルを真っ直ぐ射抜く。


 レオルの肩が、びくりと揺れた。


「今回の件は、公爵へ報告させてもらう。

 何の根拠もなく、

 私の婚約者を貶めることは許さない」


「で、殿下……

 私は、ただ……」


「自分の発言には、責任を持て」


 空気が凍りつく。


 シェルドはそれだけ言うと、教室を後にした。



 夕暮れの門前。

 馬車を待ちながら、セフィラは俯いていた。


「……ごめんなさい」


 ぽつり、と呟く。


「アレス様まで、

 巻き込んでしまって……」


「何を言うんですか」


 アレスが目を見開いた。


「セフィー様は、何も悪くありません。

 どちらかといえば、貴方を巻き込んだのは私の方です」


「そんなこと……」


 セフィラが、驚いたように顔を上げる。


「……庇っていただいて、

 嬉しかったです」


 その言葉に、アレスの瞳が揺れる。


 夕暮れの光が、

 金色の髪を淡く染めていた。


「……セフィ」


 低い声が落ちた。

 セフィラとアレスが、同時に振り返る。


 銀髪のシェルドが、まっすぐこちらを見ていた。


「シェルド様……?」


 セフィラが目を見開く。

 シェルドは数歩近づくと、セフィラを見つめた。


「……すまなかった」


「え……?」


「私は、お前が気にしていないのだと思っていた。

 多少の嫌味程度、お前なら鼻にもかけていないと」


 紫の瞳が伏せられる。


「だが……今日、初めて分かった。

 お前は、あんな理不尽なことを言われても……

 ずっと、耐えていたんだな」


 セフィラの瞳が、わずかに揺れた。

 隣では、アレスがどこか得意げに口元を緩める。


「……今更気づいたんですか?」


 勝ち誇ったような声音だった。

 シェルドの眉が、ぴくりと動く。


 ピンク色の瞳が、

 まっすぐシェルドを見た。


「……貴方は、

 セフィー様自身を、見ようともしなかっただけでしょう」


 一瞬、空気がぴりりと張る。


 だが。


「……ああ」


 シェルドは、素直にそれを認めた。

 言い返す言葉は、一つも浮かばなかった。


「婚約者として、無責任だった」


「そんなことありません!」


 セフィラが、思わず声を上げる。


 二人の視線が、一斉に向いた。

 セフィラは少し困ったように眉を下げる。


「私……昔から、誤解されやすかったんです。

 この黒髪と、吊り目のせいで」


「でも、シェルド様は……

 私が何を言われていても、ずっと変わりませんでした」


 碧の瞳が、まっすぐ向けられる。


「だから……大丈夫です」


 そっと、微笑む。

 その瞬間、

 シェルドの胸の奥が、妙にざわついた。


 その笑顔を、こんなにも近くに感じたのは初めてだった。


「…………」


 言葉が、出ない。

 夕暮れの風が、三人の間を抜けていく。


「セフィラお嬢様!」


 ふいに、門の向こうから御者の声が響く。

 侯爵家の馬車が到着していた。


「あ……」


 セフィラが、そちらを振り返る。


「では……

 お二人とも、失礼します」


 ぺこりと頭を下げると、

 セフィラは小走りで馬車へ向かっていった。


 扉が閉まる。

 馬車が、ゆっくり夕暮れの街へ走り出す。


 残されたのは、

 シェルドとアレスだけだった。


 シェルドの銀色の髪が、夕風に揺れる。


「……レオルの言葉ではないが、

 お前……急にセフィのそばへ寄るようになったな」


 紫の瞳が、まっすぐアレスを射抜く。


「……なぜだ?」


 一瞬、アレスの息が止まる。 

 そして、少しだけ躊躇ってから、口を開いた。


「私……思い出したんです。

 あの、婚約破棄で」


 静かな声だった。

 シェルドが、わずかに眉を寄せる。


「セフィー様が、

 理不尽を受け入れながら、

 それでも前を向いていたことを」


 ピンク色の瞳が伏せられる。


「闘病生活の中で……

 私は、どれだけあの人に救われたか分かりません」


「闘病生活……?

 聖女が、病にかかるのか?」


 アレスは伏せていた視線を、

 ゆっくり上げた。


 どこか、

 遠いものを見るような眼差しだった。


「気にしないでください。

 ……ずっと、昔の話です」


 その声音には、

 懐かしむような響きがあった。


 ――その時。

 二人の背後。


 夕闇の奥で、

 黒い靄がゆらりと滲んでいた。


 まるで、

 誰かの負の感情に惹かれるように。

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