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彼女は渡さない!婚約破棄寸前の悪役令嬢は男化した聖女に溺愛される  作者: *ほたる*


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2/12

2話 母上とくっついてください!

 鏡の向こうで、銀髪の少年が泣きそうな顔をしていた。

 シェルドは、しばらく無言だった。


「……どういうことだ」


 低い声が落ちる。


「お前は、誰だ?」


『僕はセイルです!』


 少年が、必死な顔で身を乗り出した。


『父上の未来の息子です!!』


 信じ難い話だった。


 だが、荒唐無稽だと切り捨てるには、少年の姿があまりにも現実味を帯びていた。


 銀色の髪は、自分と同じ。

 そして、吊り気味の碧の瞳は――セフィラによく似ていた。


 きつく見えそうな顔立ちなのに、

 今にも泣き出しそうで、そんな風には見えない。


(……何を分析しているんだ、私は)


 頭痛を堪えるように、シェルドは眉間を押さえた。

 その時。


『父上! 異常事態です!』


『僕の存在が、消えかかってます!』


「……なんだと?」


 シェルドの眉が、ぴくりと動いた。


『本来の歴史なら、あの婚約破棄がきっかけで、父上と母上の距離が縮まるはずだったんです!』


『でも、未来が書き換わり始めて……!』


『あの聖女のせいです!』


「待て」


 シェルドが、低く制止する。


「つまり、何が言いたい」


『だから!

 あの人に、母上を取られないでください!!』


 セイルが、半泣きのまま叫んだ。


「取られるも何も……

 聖女は女だろう」


『だから、それは――』


 セイルの身体が淡く光る。


『え!? もう時間!?』


 その姿が、徐々に薄れていく。

 消えかけた姿のまま、セイルは必死に叫んだ。


『父上!!絶対、母上を離さないでください!』


『また連絡します!!』


「おい――」


 次の瞬間、鏡の光がふっと消えた。

 静寂だけが残る。


 シェルドは、しばらく無言のまま姿見を見つめていた。


 ***


 翌朝。


 鏡の前に、一人の青年が立っていた。


 肩まで伸びた金髪。

 整った顔立ち。


 だが、その表情は完全に固まっている。


「……え、ほんとに成功した」


 ぽつり、と言葉が漏れた。


 ***


 セフィラは、学園へ続く石畳を歩いていた。


 普段は馬車で通っている。

 だが今日は、少し一人になりたかった。


 昨日の騒ぎは、ひとまず収まっている。


 けれど、

 胸の奥は、まだ落ち着かなかった。


 もし、アリスが止めてくれなかったら――


 その時だった。

 濡れた石畳に、足が滑る。


「危ない!」


 気づけば、強い腕に抱き止められていた。 


 金色の髪が、さらりと揺れる。

 目の前に、整った顔があった。


「……怪我はありませんか?」


 低い声が、すぐ近くで落ちた。

 ピンク色の瞳が、真っ直ぐこちらを見つめている。


「……っ」


 胸が、大きく跳ねた。


「だ、大丈夫です……」


 頬が、ほんのり熱くなる。

 男性に、こんな近くで触れられたことはなかった。


「セフィラ」


 その時。

 門の方から、低い声が響いた。

 はっと振り返る。


 銀髪の王太子――シェルド・アークレインが、こちらを見ていた。

 紫の瞳が、金髪を後ろに束ねた青年を真っ直ぐ捉えている。


「……お前、いつまで抱きしめているつもりだ。

 彼女は――私の婚約者だ」


 セフィラが目を見開く。

 一方で、青年は動じなかった。


「昨日、セフィー様を助けられなかった人が、何を言ってるんです?」


 むしろ、少しだけ笑う。


「貴方より、私の方が彼女に相応しい」


 迷いのない声だった。


 だが。

 ……どこかで。


 シェルドが、わずかに眉を寄せる。

 何かが引っかかった。


「……お前、誰だ?」


 金髪の青年は、一瞬だけ目を丸くした。

 それから、くすりと笑う。


「……アリスです」


「…………は?」


 シェルドが固まる。

 セフィラも、大きく目を見開いた。


 言われてみれば、面影はある。

 特に、あのピンク色の瞳。


 青年――アリスは、口元へ指を添えた。


「男で“アリス”は、ちょっと変ですし」


 少し考えるように首を傾げる。


「……アレスって呼んでください。

 セフィー様」


 柔らかく笑う。

 そのまま、そっとセフィラの手を持ち上げた。


 甲へ、軽く口づけが落ちる。


「……っ」


 セフィラの頬が、一気に赤く染まった。


 その光景を見つめながら。

 理由は分からない。

 でもシェルドの胸は、ひどくざわついていた。



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