1話 あなたなんかに渡しません!
※本作は単独でお読みいただけます。
学園の大広間。
「セフィラ・ルヴェイン侯爵令嬢」
張り詰めた声が、広間へ響く。
茶髪の青年――レオル・アルフェイド公爵令息が、鋭い視線を向けていた。
「あなたの行いは、到底見過ごせるものではありません」
「聖女アリス様への暴言」
「アリス様への中傷文が見つかった件」
「祈りの儀式の日、アリス様を閉じ込めた件」
「そのような方が、未来の王妃に相応しいとは思えません!」
聖女アリスが、愕然とレオルを見つめた。
「殿下との婚約は、再考されるべきです!」
ざわっ――と群衆が揺れる。
「本当に、やったのか……?」
「聖女様を……」
誰もが、壇上へ視線を向けていた。
その中心。
責められている当人――セフィラは、静かだった。
長い黒髪。
吊り気味の碧の瞳。
近寄り難い美貌は、今も冷たく見える。
逃げることなく前を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「……そのようなことは、しておりません」
それだけ。
ただ、まっすぐ立っていた。
その様子を見つめながら、王太子シェルド・アークレインはわずかに眉を寄せる。
(……おかしい)
セフィラは口数の少ない女だ。
愛想が良いわけでもない。
だが、陰湿な嫌がらせをするような女ではなかった。
少なくとも、彼の知る限りでは。
なのに周囲は当然のように彼女を責めている。
まるで最初から、
“そういう女”だと決めつけるように。
誰一人、疑おうともしない。
違和感が、胸に引っかかった。
その時だった。
「違います!!」
高い声が、大広間へ響き渡る。
全員の視線が、一斉に向いた。
群衆の最前列。
金髪の少女――聖女アリスが、レオルを見つめたまま立ち尽くしている。
その瞬間だった。
頭の奥が、ずきりと痛む。
アリスの視界が、大きく揺れた。
知らないはずの光景が、脳裏へ流れ込んでくる。
光る画面。
『悪役令嬢セフィラ』
表示された文字。
婚約破棄イベント。
孤立。
誰にも理解されないまま、追い詰められていく黒髪の令嬢。
「……ぁ……」
息が止まる。
顔から血の気が引いていく。
(うそ……)
(なんで……)
(なんで、今……!?)
その時。
「待て、レオル」
シェルドの低い声が、大広間へ響いた。
広間の空気を押さえ込むような重さがある。
「……本当なのか。
きちんと調べた上での発言か?」
「そ、それは……」
レオルが、一瞬だけ言葉に詰まった。
だが、すぐに表情を引き締める。
「アリス様が苦しんでいたのは事実です!」
アリスの指先が、小さく震える。
気づけば、声が溢れていた。
「セフィー様は……!」
アリスは真っ青な顔のまま、レオルを睨みつけていた。
「セフィー様は、そんな方じゃありません!!」
「アリス様……?」
レオルが目を見開く。
だが、アリスは止まらない。
「中傷文の筆跡は違います!」
「祈りの儀の日、私を閉じ込めたのはセフィー様じゃありません!」
「それに、セフィー様はあの日……私を助けようとしていました!」
広間に、ざわめきが広がった。
レオルの顔が強張る。
「な、なぜそんなことが……」
「知ってるんです……!」
叫ぶように言い返し、アリスははっと息を呑む。
「……いえ、今はそんなこと、どうでもいいです!」
キッとレオルを睨みつけた。
「とにかく、セフィー様は無実です!」
「証拠もないのに、こんなこと言うなんて……
あなたなんて嫌いです!!」
「なっ……」
レオルの顔が、一瞬で真っ青になる。
そのまま、ふらりとよろめいた。
「わ、私は……
貴方のために……」
だが、アリスはもう見ていなかった。
「セフィー様!!」
勢いよく駆け寄る。
そのまま、セフィラを抱きしめた。
「急にこんなの、怖かったですよね!?」
「私がちゃんとしてれば……
ごめんなさい!」
セフィラが、目を見開く。
突然抱きしめられたことに戸惑っているらしい。
「……いえ。
こういうこと、慣れてますから」
その言葉に、アリスの胸がぎゅっと痛む。
抱きしめる腕に、思わず力が入った。
――どれほど、独りで耐えてきたのだろう。
セフィラは少し困ったように目を瞬かせる。
それから、そっと微笑んだ。
「……ありがとうございます、アリス様」
アリスは、その顔を見て息を呑む。
(だめだ)
(やっぱり、この人放っとけない……!)
ぎゅう、ともう一度抱きしめる。
そして、顔を上げた。
視線の先。
そこに立つ銀髪の王太子――シェルド・アークレイン。
(セフィー様が貶められてたのに、
止めきれなかった)
(やっぱり、あんな男に任せられない)
「シェルド殿下……」
アリスがセフィラを抱きしめたままシェルドを見据える。
「あなたなんかに……彼女は渡しません!」
一瞬、大広間が静まり返った。
シェルドの紫の瞳が大きく瞬く。
アリスは、ゆっくり腕を緩めた。
「セフィー様」
「……はい?」
碧の瞳が、不思議そうにこちらを見る。
アリスは、にこりと笑った。
「私、いい考えがあるんです」
ピンク色の瞳が、怪しく光る。
「きっと……
あなたを守れます」
セフィラは、驚いたようにアリスを見つめた。
***
その夜。
シェルドは、自室へ戻ると、小さく息を吐いた。
上着を脱ぎ、姿見の前へ立つ。
「……なんなんだ、あいつは」
セフィラを抱きしめたまま、
“渡さない”と言い切った聖女。
意味が分からない。
そもそも、なぜあそこまで――
その時だった。
鏡が、淡く光る。
「……?」
シェルドが眉を寄せる。
次の瞬間。
『父上!!』
「…………は?」
鏡の向こうで、
銀髪の少年が泣きそうな顔をしていた。
『母上とくっついてください!!』




