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彼女は渡さない!婚約破棄寸前の悪役令嬢は男化した聖女に溺愛される  作者: *ほたる*


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1/10

1話 あなたなんかに渡しません!

※本作は単独でお読みいただけます。

 学園の大広間。


「セフィラ・ルヴェイン侯爵令嬢」


 張り詰めた声が、広間へ響く。

 茶髪の青年――レオル・アルフェイド公爵令息が、鋭い視線を向けていた。


「あなたの行いは、到底見過ごせるものではありません」


「聖女アリス様への暴言」

「アリス様への中傷文が見つかった件」

「祈りの儀式の日、アリス様を閉じ込めた件」


「そのような方が、未来の王妃に相応しいとは思えません!」


 聖女アリスが、愕然とレオルを見つめた。


「殿下との婚約は、再考されるべきです!」


 ざわっ――と群衆が揺れる。


「本当に、やったのか……?」

「聖女様を……」


 誰もが、壇上へ視線を向けていた。


 その中心。

 責められている当人――セフィラは、静かだった。


 長い黒髪。

 吊り気味の碧の瞳。


 近寄り難い美貌は、今も冷たく見える。

 逃げることなく前を見つめながら、ゆっくりと口を開く。


「……そのようなことは、しておりません」


 それだけ。

 ただ、まっすぐ立っていた。


 その様子を見つめながら、王太子シェルド・アークレインはわずかに眉を寄せる。


(……おかしい)


 セフィラは口数の少ない女だ。

 愛想が良いわけでもない。


 だが、陰湿な嫌がらせをするような女ではなかった。

 少なくとも、彼の知る限りでは。

 なのに周囲は当然のように彼女を責めている。


 まるで最初から、

 “そういう女”だと決めつけるように。

 誰一人、疑おうともしない。


 違和感が、胸に引っかかった。

 その時だった。


「違います!!」


 高い声が、大広間へ響き渡る。

 全員の視線が、一斉に向いた。


 群衆の最前列。

 金髪の少女――聖女アリスが、レオルを見つめたまま立ち尽くしている。


 その瞬間だった。

 頭の奥が、ずきりと痛む。


 アリスの視界が、大きく揺れた。

 知らないはずの光景が、脳裏へ流れ込んでくる。


 光る画面。


『悪役令嬢セフィラ』


 表示された文字。


 婚約破棄イベント。


 孤立。


 誰にも理解されないまま、追い詰められていく黒髪の令嬢。


「……ぁ……」


 息が止まる。

 顔から血の気が引いていく。


(うそ……)


(なんで……)


(なんで、今……!?)


 その時。


「待て、レオル」


 シェルドの低い声が、大広間へ響いた。

 広間の空気を押さえ込むような重さがある。


「……本当なのか。

 きちんと調べた上での発言か?」


「そ、それは……」


 レオルが、一瞬だけ言葉に詰まった。

 だが、すぐに表情を引き締める。


「アリス様が苦しんでいたのは事実です!」


 アリスの指先が、小さく震える。

 気づけば、声が溢れていた。


「セフィー様は……!」


 アリスは真っ青な顔のまま、レオルを睨みつけていた。


「セフィー様は、そんな方じゃありません!!」


「アリス様……?」


 レオルが目を見開く。

 だが、アリスは止まらない。


「中傷文の筆跡は違います!」


「祈りの儀の日、私を閉じ込めたのはセフィー様じゃありません!」


「それに、セフィー様はあの日……私を助けようとしていました!」


 広間に、ざわめきが広がった。

 レオルの顔が強張る。


「な、なぜそんなことが……」


「知ってるんです……!」


 叫ぶように言い返し、アリスははっと息を呑む。


「……いえ、今はそんなこと、どうでもいいです!」


 キッとレオルを睨みつけた。


「とにかく、セフィー様は無実です!」


「証拠もないのに、こんなこと言うなんて……

 あなたなんて嫌いです!!」


「なっ……」


 レオルの顔が、一瞬で真っ青になる。

 そのまま、ふらりとよろめいた。


「わ、私は……

 貴方のために……」


 だが、アリスはもう見ていなかった。


「セフィー様!!」


 勢いよく駆け寄る。

 そのまま、セフィラを抱きしめた。


「急にこんなの、怖かったですよね!?」


「私がちゃんとしてれば……

 ごめんなさい!」


 セフィラが、目を見開く。

 突然抱きしめられたことに戸惑っているらしい。


「……いえ。

 こういうこと、慣れてますから」


 その言葉に、アリスの胸がぎゅっと痛む。

 抱きしめる腕に、思わず力が入った。


 ――どれほど、独りで耐えてきたのだろう。


 セフィラは少し困ったように目を瞬かせる。

 それから、そっと微笑んだ。


「……ありがとうございます、アリス様」


 アリスは、その顔を見て息を呑む。


(だめだ)


(やっぱり、この人放っとけない……!)


 ぎゅう、ともう一度抱きしめる。

 そして、顔を上げた。


 視線の先。

 そこに立つ銀髪の王太子――シェルド・アークレイン。


(セフィー様が貶められてたのに、

 止めきれなかった)


(やっぱり、あんな男に任せられない)


「シェルド殿下……」


 アリスがセフィラを抱きしめたままシェルドを見据える。


「あなたなんかに……彼女は渡しません!」


 一瞬、大広間が静まり返った。

 シェルドの紫の瞳が大きく瞬く。

 アリスは、ゆっくり腕を緩めた。


「セフィー様」


「……はい?」


 碧の瞳が、不思議そうにこちらを見る。

 アリスは、にこりと笑った。


「私、いい考えがあるんです」


 ピンク色の瞳が、怪しく光る。


「きっと……

 あなたを守れます」


 セフィラは、驚いたようにアリスを見つめた。


 ***


 その夜。


 シェルドは、自室へ戻ると、小さく息を吐いた。

 上着を脱ぎ、姿見の前へ立つ。


「……なんなんだ、あいつは」


 セフィラを抱きしめたまま、

 “渡さない”と言い切った聖女。


 意味が分からない。

 そもそも、なぜあそこまで――


 その時だった。

 鏡が、淡く光る。


「……?」


 シェルドが眉を寄せる。

 次の瞬間。


『父上!!』


「…………は?」


 鏡の向こうで、

 銀髪の少年が泣きそうな顔をしていた。


『母上とくっついてください!!』



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