13話 言っただろう――私が守ると
暴走した魔力が、真っ直ぐセフィラへ奔る。
「セフィ!」
気づけば、シェルドがセフィラを腕の中へ抱き込んでいた。
セフィラの目が見開かれる。
轟音。
昏い魔力が、シェルドの脇腹を貫く。
「……え……?」
レオルの顔が、一気に青ざめた。
「シェルド様……?」
セフィラが呟く。
震える声。
シェルドの身体が、ゆっくり傾く。
「っ……!」
セフィラが、慌てて立ち上がった。
崩れ落ちそうになった身体を、必死に支えようとする。
だが、そのまま一緒に床へ膝をついた。
ぬるりと手に、嫌な感触が広がった。
制服へ、血が滲んでいく。
「……なんで」
碧の瞳が、涙に揺れる。
「なんで……
庇ったりしたんですか……!」
シェルドは、苦しげに声を漏らす。
「言っただろう……私が、守ると」
震える指先が、そっとセフィラの頬へ触れる。
「泣くな」
「っ……」
血の気の引いた顔。
――もう、助からない。
「いや……」
堪えきれず、セフィラの瞳から涙が零れ落ちる。
「こんなの、嫌です……」
シェルドの瞳が優しく細められる。
そのまま、ゆっくり顔を寄せた。
触れるだけの、短い口づけ。
セフィラの心臓がドクンと跳ねた。
「セフィー様!!」
甲高い悲鳴が、教室へ響く。
扉の向こう。
そこに立っていたのは――
金髪の少女、アリスだった。
「……っ」
アリスの顔色が変わる。
床へ広がる血。
崩れ落ちたシェルド。
蒼白なレオル。
一瞬で、状況を理解した。
アリスが、すぐにシェルドの側へ駆け寄る。
「動かないでください!」
床へ膝をつき、脇腹へ手を翳す。
淡い金色の光が、教室を包み込む。
やがて、傷口がゆっくりと塞がっていった。
「……痛みはありますか?」
シェルドが、ふうっと息を吐く。
「……いや。もう大丈夫だ。助かった」
その言葉に、セフィラの瞳がじわりと潤む。
張り詰めていた力がふっと抜けた。
アリスの視線が、ゆっくりレオルへ向く。
「っ……」
レオルが、目に見えてたじろいだ。
顔色は真っ青なままだ。
「わ、私は……
なんてことを……」
アリスの目が、鋭く細められる。
レオルの足元。
黒い靄のようなものが、ゆらりと揺れていた。
「――そこです!!」
鋭い声が、教室へ響く。
「っ!?」
それが、ぶわりと膨れ上がる。
周囲の生徒たちが、一斉に息を呑んだ。
「な、なんだ……あれ……」
「今回の異変の元凶です。――闇の精霊」
教室が、凍りついた。
「認識阻害をかけているので、
普通の人には見えません」
アリスの視線が、シェルドへ向く。
「……殿下も。前回私が踏むまでは、
違和感程度しか感じ取れなかったはずです」
「……踏む?」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「やはり、消滅まではしていなかったんですね」
靄が、ゆらりとレオルの足元から離れる。
アリスが、真っ直ぐそれを見据えた。
「今度は逃しませんよ。
なんせ私、聖女ですから……!」
眩い光が、教室へ溢れ出す。
闇が、光へ呑み込まれた。
耳障りな悲鳴が響く。
それは、跡形もなく消滅した。
教室が、しん、と静まり返る。
「……私は……」
レオルは、蒼白のまま立ち尽くしていた。
自分の手を、信じられないものを見るように見つめている。
アリスが静かにレオルを見る。
「闇の精霊は、負の感情を増幅させます。
レオル様だけの責任ではありません」
シェルドも、同意するように続けた。
「今回の件は異例だ。
正式な処罰には該当しない」
レオルは、なおも固まったままだ。
やがて、騒ぎを聞きつけた教師たちによって、
レオルは教室を連れ出されていった。
「セフィー様。
今日はもう帰りましょう」
ピンク色の瞳が、真っ直ぐシェルドへ向けられた。
「殿下もです。
傷は塞がっても、血は抜けたままですから」
「……そうか」
シェルドは、素直に頷いた。
その後、三人は王家の馬車を待つため、校舎の外へ出ていた。
風が、ふわりとその場を吹き抜ける。
「……すまなかった」
シェルドが、ぽつりと呟いた。
「お前を、危険な目に遭わせてしまった。
闇の精霊のせいだと分かっていたのに。
アリスが来なければ、きっと――」
「そんなことありません!」
セフィラが思わず声を上げる。
「シェルド様は、私を守ってくれました」
「皆が疑いの目で見る中、貴方だけは……
ずっと、私を心配してくれていた」
セフィラの目に涙が滲む。
……怖かった。
あそこまでの悪意を、
皆から向けられたのは初めてだった。
でも。
「シェルド様がいたから、耐えられたんです」
シェルドの瞳が、わずかに揺れる。
アリスは、そっと視線を逸らした。
(……ずるい。
そんな顔されたら、
もう、奪えないじゃないですか)
その時だった。
校門前へ馬車が到着する。
アリスが、ふっと息を吐いた。
「はいはい。
ふたりとも、今日はちゃんと休んでください。
聖女命令ですよ!」
アリスが、ちらりとシェルドを見上げる。
「……殿下も。少しは、見直しました」
シェルドが目を瞬いた。
「セフィー様を、守ってくれてありがとうございました」
そして、ふわりと笑った。
馬車の扉が閉まる。
そのままゆっくりと走り出した。
アリスは、遠ざかる馬車を見つめていた。
金色の髪が、風の中で揺れていた。
馬車の中は、静かだった。
向かいへ座るシェルドは、まだ少し顔色が悪い。
「……本当に、大丈夫なんですか?」
セフィラが、小さく問いかける。
「問題ない」
そう答えて、シェルドはセフィラを見つめた。
その瞳が、彼女から離れない。
「……っ」
心臓が跳ねる。
――そういえば。
どさくさに紛れて忘れていたけれど。
私、さっきシェルド様と……
ふと、視線がシェルドの唇へ向かう。
胸が、また大きく跳ねた。
慌てて顔を逸らす。
「……?」
シェルドが首を傾げる。
セフィラの心臓は、落ち着かない。
でも、昨日までとは違って、
馬車の空気は、どこか柔らかく流れていた。
その日の夜。
静まり返った自室で、姿見が淡く光を帯びた。
シェルドが、ゆっくり顔を上げる。
すると。
『父上!』
明るい声が響いた。




