12話 全部、お前のせいだ!
翌朝。
校舎へ入ると、ひそりと周囲の空気が揺れた。
「…………」
女子生徒たちの視線が、一瞬だけセフィラへ向く。
だが、すぐに逸らされた。
「……本当に?」
「でも、昨日も……」
小さな囁きが、あちこちから漏れている。
近くを歩いていた女子生徒が、セフィラへ気づく。
そのまま、さりげなく距離を取る。
「…………」
昨日とは違う。
向けられる視線が、明らかにセフィラへ集中している。
教室へ入った途端、ぴたりと空気が止まった。
「…………」
全員の視線が、一斉にセフィラへ集まる。
そして、ひそひそと囁きが広がり始めた。
「……本当に、危ないんじゃないの?」
「昨日だって……」
「あの人のそばで、怪我人が出たんでしょ?」
セフィラは、そっと指先を握る。
居心地が悪い。
「やっぱり、セフィラ様が――」
「誰だ」
シェルドの声に、教室の空気が凍りつく。
紫の瞳が鋭く細められる。
「今、何と言った?」
しん、と静まり返る。
誰も口を開こうとしない。
「…………」
どくん。
嫌な音が、胸の奥で鳴った。
王太子である自分の問いに、誰一人として応えない。
そんなことは、本来あり得ない。
この沈黙は、恐れによるものではない。
もっと別の何かが、周囲を支配していた。
――キーンコーン……
重たい空気を裂くように、予鈴が響いた。
シェルドがわずかに眉を顰める。
この雰囲気は、明らかに異常だった。
昼休み。
昼食を終えた後も、
教室の空気はどこか重かった。
シェルドは、セフィラの隣へ座ったまま、
静かに周りを警戒している。
もう、少しでも目を離す気にはなれなかった。
――セフィラだけは、
絶対に危険な目へ遭わせない。
その時だった。
「っ……!」
セフィラのすぐ横を通り過ぎようとしていた男子生徒が、椅子の脚に足を引っかけた。
「おい、大丈夫か!?」
小さなどよめきが起こる。
次の瞬間。
「……っ、痛ぇ……!」
床へ手をついた男子生徒が、顔をしかめた。
慌てて手を引く。
「お、おい! 血が……!」
床板から、錆びた釘がわずかに飛び出していた。
周囲がざわついた。
「早く、保健室へ連れて行け!」
数人の男子生徒が、慌てて駆け寄る。
「…………」
セフィラの指先へ、少しだけ力が入る。
嫌な予感だけが、胸の奥で膨らんでいく。
「昨日から、妙なことばかりですね」
静かな声だった。
だがその一言で、教室のざわめきがぴたりと途切れた。
レオルが、昏い瞳のままセフィラを見据えていた。
「女子生徒が階段で滑った時も。
窓ガラスが割れた時も」
「今日だってそうだ」
「セフィラ嬢の近くばかりで、不運が起きている。
……本当に、偶然なんですか?」
「言いがかりはよせ」
シェルドの声が、鋭く落ちる。
だが。
「殿下も、最近おかしいです」
誰かが、小さく呟いた。
「今まで、セフィラ様に無関心だったのに……」
その一言を皮切りに、堰を切ったように声が重なり始める。
「急に、そこまで庇うなんて……」
「まるで別人みたいじゃないか」
ざわり、と教室の空気が揺れる。
「っ……」
シェルドが眉を寄せた。
その時だった。
「わ、私……見ました!」
一人の女子生徒が、怯えたように口を開く。
「セフィラ様、昨日、図書室で……
禁術の資料を、読んでいたんです……!」
その声に、空気が凍りついた。
セフィラは言葉を失った。
嫌な予感が、胸を満たしていく。
ざわざわと、不穏な声が広がっていく。
「やっぱり……」
「禁術なんて……」
「殿下まで操られて――」
「危険過ぎる……」
「やはり、禁術に手を出していたのか……」
レオルが確信したように呟く。
「だから殿下まで惑わされた……」
「ち、違います……!」
セフィラが思わず声を上げる。
「あれは――」
「黙れ!!」
レオルの怒声が、教室へ響き渡った。
「もう言い逃れはできない!
やはり、お前が原因だったんだ……!」
その瞳が、昏く揺れる。
「殿下だけじゃない……
アリス様まで……」
ぎり、と拳が強く握られた。
「アリス様が、男の姿になったのも……
全部、お前が唆したせいだ!!」
「やめろ!!」
「殿下は黙っていてください!」
レオルの魔力が、不安定に揺らいだ。
「私が……正気に戻して差し上げます!!」
その瞬間、昏い力が爆発した。
「っ――!?」
教室の空気がびり、と震える。
黒い奔流が一気に溢れ出す。
「待て! レオル!!」
シェルドが勢いよく立ち上がる。
だが暴走した魔力は、真っ直ぐセフィラへ向かって奔った。




