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彼女は渡さない!婚約破棄寸前の悪役令嬢は男化した聖女に溺愛される  作者: *ほたる*


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11/14

11話 また

 翌日。


 校舎へ入った瞬間、

 ぴり、と肌を刺すような空気にセフィラは足を止めた。


「……?」


 昨日より空気が重い。


 廊下のあちこちで、

 小さな言い争いが起きていた。


「先にぶつかったのは、そちらだろう」


「……は。自分は悪くないと?」


 苛立った声が、

 そこかしこから聞こえてくる。


 しかも、言い争っているのは、

 普段なら冷静な高位貴族の令息たちだった。

 今までこんな光景は見たことがない。


 セフィラが息を呑む。

 すると、シェルドがそっとセフィラの手を握った。


「……離れるな」


 警戒するような声だった。


「シェルド様……?」


 二人は、そのまま廊下を歩き出す。

 紫の瞳が、静かに周囲を見渡した。


「……アリスから聞いた。

 学園に、闇の精霊が入り込んでいるらしい」


「闇の精霊……?」


「負の感情を増幅させる存在だそうだ」


 シェルドの目が細められる。


「……私も調べてみたが、資料が少ない。

 学園のこの空気も、恐らくその影響だ」


 セフィラが視線を落とす。

 その時、繋いでいた手にわずかに力がこもった。


「大丈夫だ。お前のことは、私が守る」


 シェルドが、セフィラを見つめる。

 セフィラの心臓が、ドクンと跳ねた。


 真っ直ぐ向けられた紫の瞳から、

 目が離せない。


 やがて、シェルドは前へ向き直る。

 廊下を満たす空気は重い。


 けれど繋いだ手だけは、不思議と温かかった。

 その温もりに触れていると、不安だけが少し遠のいていく。


 その後も、学園の空気が落ち着くことはなかった。

 小さな揉め事は、授業中ですら続いている。


 そして――

 昼休み。


「……少し、図書室で調べたいことがあって」


 セフィラがそう言うと、

 シェルドは一瞬眉を寄せた。


 だが。


「私も同行する」


「……いいんですか?」


「当然だ。お前を一人になどさせられない」


 セフィラは瞬いた。

 そして、ふっと表情を柔らげる。


「……ありがとうございます。心強いです」


 シェルドが、微かに目を見開く。

 その一言だけで、胸の奥が熱くなった。

 ほんのり頬が赤く染まる。


「……気にするな。行くぞ」


 二人は、そのまま図書室へ歩き出した。


 やがて図書室へ入ると、静かな空気が二人を包み込んだ。


「……あまり離れるな」


 シェルドが、低く口を開く。


「何かあれば、すぐ呼べ」


「はい」


 セフィラが頷く。


 奥の書架には、閲覧制限のかかった資料が並んでいた。


 闇魔法。

 禁術。

 精神汚染。


 今では、研究資料としてしか残っていないものばかりだ。


 セフィラは、一冊の資料へそっと手を伸ばす。


 ページをめくる。

 だが、書かれている内容はどれも曖昧だった。


 伝承。

 仮説。

 断片的な記録。


 結局、学園で起きている異変へ繋がるような情報は、何一つ見つからない。


 資料を閉じる。

 そのまま、少し離れた場所へ視線を向けた。


 シェルドが壁へ寄りかかっている。

 腕を組んだまま、周囲を警戒していた。


「……シェルド様」


 その声に、シェルドが顔を向ける。


「終わったか」


「……はい。もう大丈夫です」


 シェルドはゆっくり壁から身体を離す。


 図書室を出て、二人が階段へ向かっていた時だった。


「きゃっ――!」


 突然、上階から悲鳴が響く。

 一人の女子生徒が、足を滑らせたのだ。


「危ない!」


 辺りがざわめく。

 女子生徒は階段へ膝を打ちつけ、痛みに顔を歪めた。


「だ、大丈夫ですか……!?」


 反射的に、セフィラが駆け寄ろうと一歩踏み出す。

 だが、ぐい、と後ろから腕を引かれた。


「……シェルド様?」


「誰か、保健室へ連絡を」


 周囲が、はっと息を呑んだ。


「後は、周りに任せておけ」


 シェルドの目が細められる。


「セフィ。行くぞ」


「…………」


 セフィラは、一度だけ振り返った。


 倒れた女子生徒を囲むように、

 ざわざわと人だかりが出来ている。


 その中から、いくつかの視線がこちらへ向いていた。

 ぴり、と空気が張り詰める。


 ――嫌な予感がした。



 放課後。

 二人が廊下を歩いていた時だった。


「お、おいーーっ!」


 外から焦った声が響く。


「……?」


 セフィラが、窓の外へ視線を向けた。


 次の瞬間、訓練用の球が、

 真っ直ぐこちらへ飛んでくる。


「危な――」


 セフィラが、思わず声を上げる。


 ガシャン!!


 窓ガラスが、激しい音を立てて割れた。


「きゃっ!?」


 前を歩いていた女子生徒へ、細かな破片が飛び散る。

 辺りがざわめいた。


「だ、大丈夫か……?」


「うう……っ」


 女子生徒が、痛みに顔を歪める。


「は、早く医師を!」


 周囲が、一気に騒がしくなった。


「…………」


 セフィラは、その場で立ち尽くす。

 胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。


 シェルドが眉を寄せた。

 その時だった。


「……また、セフィラ様の近くで……」


 誰かが、ぼそりと呟く。

 だがその声は、周囲の喧騒へ静かに溶けて消えた。


 遠く。

 廊下の奥で、レオルが昏い瞳のままこちらを見つめていた。

 その足元で、黒い何かが一瞬だけ揺らめいた。


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