第2話 確認して、銀行に行く。
朝、目が覚めた。
昨夜はやはり興奮したが、床に入るとすぐ寝付いた。夜中に一度、3時半頃にトイレに起きた。夜中、週に三回くらいは二回起きる。昨夜は一回だったので、よく眠れた。
一晩に3回目が覚めるという高齢のお客様がいる。やはり昼間に眠たくなり、昼寝をされるとのことだった。
「昼間に寝すぎると夜眠れなくなって、また大変なんだよね」
そうぼやいておられたのを思い出した。
今朝は5時から起きている。
顔を洗ってから机の引き出しを開け、封筒から宝くじを取り出した。昨日念入りに見た、数日前の新聞を、もう一度広げた。
組番号。合っている。
一等の番号。一つずつ見る。やっぱり合っている。
前後賞も確認した。
「……やっぱり十二億だよな」
昨日は4回確認した。一晩寝て、頭がすっきりした状態で確認しても同じだった。
当選確実。俺調べでは。
ただし、俺調べで十二億円当選と言っても仕方がない。正式に確認してもらわないといけない。
「次は、銀行での確定だよな」
今日は火曜日。整体院には三件の予約が入っている。そして、ちょうど明日の水曜日は定休日だった。
「明日、銀行行かなきゃ、だな」
今日は普段どおり仕事をする。予約入ってるし。数少ないありがたい予約客だし。
朝食を食べる。いつもと同じつもりだった。
娘がこちらを見た。
「お父さん、どうしたの?」
「何が?」
「なんか今日、どこか変じゃない?」
「そうか?」
自分では普通にしているつもりだった。でも、やっぱり少し何か、リズムというか、様子が違うらしい。
「ちょっと考え事しててな」
「整体院のこと?」
「まあ、そんなところ」
嘘ではない。全部でもない。
娘は少し気になるような顔をしていたが、それ以上は聞かなかった。息子も仕事へ行った。
子供たちは、いつもの朝だった。
私だけが、いつもの朝ではなかった、らしい。
整体院を開ける。
一人目のお客さんが来た。施術を始める。
仕事が始まれば、不思議といつもの自分に戻った。
「ここ、痛みますか?」
「そこですね」
「じゃあ、まずは、全体的に緩めていきますね。あとで気になるところをしていきましょう。」
いつもの会話。いつもの施術。
自分の基本はここでの仕事だ。目の前のお客さんを大事に、集中して施術することだ。
一人目のお客さんを見送り、次の予約まで少し時間があった。
朝、考えていた疑問を一つずつノートに書き出して、調べる。
まず、どこの銀行へ行けばいい?
スマホで銀行のことを調べた。宝くじの高額当選金は、あのメガバンクの支店で手続きするらしい。うちの県内では1か所だけ。場所を確認する。車で行けば、それほど遠くない。
次。
何時頃に行く?
午前中がいいのか。それとも午後一番か。
できるだけ客が少ない時間がいい。高額当選なんて、可能な限り人に知られないようにしたほうがいい、らしい。
持っていくものは?
当せん券。
本人確認書類としては、免許証でいいかな?
念のため、マイナンバーカードも持っていこう。
それから印鑑。
通帳は?
ここの銀行には口座を持っていないけど。ああ、現在使っている銀行口座でいいのか?
「なるほど。高額当せんの場合、受け取りまで1週間程度かかるのか」
知らないことが多くて、勉強になるな。
必要なものをスマートフォンのメモに書いていく。
当せん券だけ持って行って、
「あれが足りません」
と言われて出直すのは嫌だ。
十二億円を受け取りに行って、忘れ物で出直しをする。それはちょっと恥ずかしい。時間ももったいない。
二人目のお客さんが来た。
スマートフォンを置く。施術する。終わる。見送る。
また調べる。考える。
服装はどうする?
スーツ?
いやいや。銀行に行くだけだ。かえって不自然だろう。
普段着でいい。ただ、あまりヨレヨレした格好もどうなんだ。
「別に面接じゃないんだから」
自分で自分に突っ込む。
いつも着ているシャツとズボンでいい。
だんだん、明日の予定ができてきた。
三人目のお客さんが帰った後、もう一度メモを見る。
銀行。場所。時間。持ち物。服装。
そして一番大事なのは、宝くじ。
「これ忘れたら、何しに行くのかわからんな」
明日は定休日。時間は十分ある。午前中に銀行へ行くことにした。
その日の仕事を終え、家に帰った。夕食を食べる。
娘や息子とは、いつもどおり話をした。十二億円のことは言わなかった。
銀行で正式に確認してもらうまでは。
まだ、俺調べだから。
翌朝。
いつもより少しだけ丁寧に髭を剃った。服は予定どおり普段着。
財布。
運転免許証。
マイナンバーカード。
通帳。
印鑑は、認めと銀行印を持っていく。(念のため)
必要と思われるものを確認する。
最後に茶封筒。
「よし」
いつものプリウスに乗った。
「少しいい車に乗り換えるかな?」
考えるだけで楽しい。
まあ、今は考えるだけにしておく。
茶封筒が入った鞄は、助手席ではなく自分の足元に置いた。信号待ちのたびに鞄を見た。
銀行の駐車場に着いた。
少しだけ車の中で今日の流れを確認し、忘れ物がないか確認した。
「よし」
鞄を持って車を降りた。
銀行の自動ドアが開く。
できるだけ普通に入り、受付で小さい声で話しかけた。
「あの……宝くじの当せん金について、確認していただきたいんですが」
受付の人の表情は特に変わらなかった。
「少々お待ちください」
案内された場所で待った。
しばらくして、担当の人が来た。
私は茶封筒から宝くじを取り出した。
「これなんですが」と手渡した。
担当者が券面を確認する。
そして、「高額当せんになりますので、確認のため少々お時間をいただきます」
と言った。「流石、メガバンクの行員は活舌がいいな。(笑)」
十二億円かもしれない紙切れが、自分の手元から離れて、落ち着かない。
待つ。こういう時、何をしていればいいんだろう。
周りを見る。銀行員が歩いている。お客さんが出入りしている。いつもの銀行の風景なんだろう。
この中で、「十二億円の宝くじを持ってきました」
と思っているのは、たぶん私だけだ。
昨日まで何度も確認した。今朝も確認した。
俺調べでは、間違いない。
でも、ここから先は俺調べではない。
しばらくして、担当者が戻ってきた。
「お待たせいたしました」
私は顔を上げた。
「当せんを確認いたしました。おめでとうございます」
プレミアムの一等と前後賞。合計十二億円。
「……そうですか」
自分でも驚くほど普通の返事だった。
十二億円。
銀行の人の口から聞いて、ようやく「当たったかも」から「当たった」に変わった気がした。
その後、当せん金を受け取るための手続きについて説明を受けた。
十二億円ともなると、その場で現金を渡されて、
「はい、どうぞ」という話ではない。
当然だ。手続きには時間がかかる。
本人確認。振込。そして今後のお金の管理。
一度に十二億円の話をされても、正直、全部は頭に入らない。
家族等にお金を渡す場合にも注意が必要らしい。
贈与税とかあるからね。
聞きながら、「これは一回で覚えるのは無理だな」と思った。
当せん金支払証明書の発行も依頼した。あとで必要になることがあるらしい。
そして帰り際、一冊の冊子を渡された。
高額当せん者向けの冊子らしい。
私は表紙を見た。
「その日から読む本~突然の幸運に戸惑わないために~」
「ふーん。」今すぐ読む気にはならなかった。今日はもう十分だ。
鞄に入れた。
プリウスに戻る。
運転席に座って、しばらく前をぼーっと見た。
十二億円。本当に当たった。
さて。これから、どうする。
私は鞄の中に入れた冊子「その日から読む本」をちらりと見た。
「その日からかー、やっぱり今日から読まなきゃな。どこで読もうかな。」
エンジンをかけた。
こんにちは。第1稿から大分経ちました。まあ、読んでくれている方はいないと思うので、誰にも謝りませんけど(笑)。もし、奇跡的にたどり着いて読まれた方がいらっしゃいましたら、感想、ご意見いただければありがたいです。その方には謝ります。「どうか、見捨てないでください。」と。よろしくお願いいたします。
※ 本作品は「カクヨム」にも掲載しています。




