第1話 サマージャンボ、どうだったかな。
※本作品は、作中の資産運用、会社設立、税務等については、実際の制度や一般的な方法を参考にしながら構成しています。
午後四時を少し過ぎた頃、今日最後のお客さんが帰っていった。
「ありがとうございました。今日は無理をせず、早めに休んでくださいね」
玄関まで見送り、ドアを閉める。
静かになった。
開業して二年。
整体の腕には、それなりに自信がある。
施術を終えたお客さんから、
「楽になりました」
そう言われれば、やっぱりうれしい。
ただ、腕と収益は別だった。
ホームページを作り、チラシを配り、知人にも声をかけている。それでも予約表には白いところが目立つ。
「今日は三人か。まあ、ゼロよりいいか」
独り言が増えたのも、開業してからだった。
私は経済団体に定年まで勤めた。
大学は経済学部だった。「経済団体職員が整体院?」「資格はあるの?」と疑問を持たれると思うが、実は私は大学三年生から四年生にかけて、大学に通いながら整体の専門学校にも通って、ちゃんとした資格(民間資格だけど)所持者である。
今でいうダブルスクールだ。
専門学校の学費はアルバイト代だけでは足りず、両親にも無理を言って援助してもらった。
「今どき何があるかわからないから、食いっぱぐれがないような資格が欲しい。」と訴えた。
幸いにして、定期的に整体院に通っている父親の理解を得ることができた。父は口には出さなかったが、サラリーマンの悲哀をよく理解していて、あまり反対はなかった。
大学四年の頃には、親戚が開いた整体院で、ボランティアのような形で施術の見習いもさせてもらった。
当時は、本気で整体師として生きていくことも考えていた。
だが、両親から言われた。
「整体師になることに反対はしない。でも、一度は社会に出て働いた方がいい」
「開業資金はどうするの?実績ないと、貸してくれるところなんかないんだから、まずは安定した仕事に就いたらどうだ」
確かにそうだった。
私は大学卒業後、すぐ経済団体に就職した。
数年働いて資金を貯めたら独立しよう。
最初は、そんなつもりだった。(ような気がする。最近、あやふや。)
ところが、仕事を覚え、結婚し、子どもが生まれ、毎日の暮らしが続いていくうちに、整体院を開くという夢は少しずつ、いや、かなり遠ざかっていった。
諦めたのではないし、忘れたわけでもない。ただ、心の隅にしまっていただけだった。
定年が近づいた頃、ふと思った。
「今やらなかったら、もう一生やらないだろうな」
退職後、しばらく考えたが、やはり整体院を開くことにした。決めると、なぜかトントンと場所が決まり、必要最低限の備品や事務機器を買って、とりあえず開業した。
夢はかなった。
ただし、夢だけでは家賃は払えない。
私は今日の売上を帳簿に記入し、苦笑した。
「厳しいねえ」
机の引き出しを開ける。
鍵、領収書、ボールペン。
その下に、茶封筒があった。
「あれ?」
開けてみる。
とりあえず、大事にしまっていた、サマージャンボ宝くじだった。
「ああ、そういえば」
今年も買っていた。
サマージャンボは連番二十枚とバラ二十枚。
サマージャンボプレミアムは連番十枚とバラ十枚。
毎年夏の、ちょっとした楽しみだ。
「抽せん、もう終わってたよな」
自宅には数日前の新聞が残っていたはずだ。
宝くじを鞄に入れ、店を閉めた。
夕食を済ませた頃には、そのことを半分忘れていた。
テレビを見ながら、鞄から少し飛び出した茶封筒を見て思い出した。
「サマージャンボ、どうだったかな」
新聞を探す。
当せん番号の載った紙面を広げ、老眼鏡をかけた。
まずサマージャンボ。
末等が一枚。
「はい、三百円」
いつもどおりだった。
次にプレミアム。
バラから見る。
外れ。
外れ。
また外れ。
「まあ、そうだよな」
残った連番十枚を手に取った。
新聞を見る。
宝くじを見る。
「ん?」
もう一度見る。
組番号は同じ。
一等の番号。
最初の数字。
合っている。
次も。
その次も。
「……え?」
新聞を近づける。
宝くじを近づける。
眼鏡を外して拭く。「落ち着け、俺。」
もう一度確認する。
同じだった。
一等。
そして連番で買っているから、前後賞もある。
合計十二億円。
「……十二億?」
鼓動が速くなっている。
手に汗が出る。息が浅くなる。
私は一度立ち上がり、少しだけ深く息を吸って、またすぐ座った。
「いやいや、まさかだよ。ぬか喜びさせるなよ。」
もう一度確認した。
合計、三度確認した。間違いない。
私は宝くじを茶封筒に戻した。
封筒を机の引き出しに入れた。
いや、ここでいいのか。
入れる場所をあちこち変えながら、部屋の中をウロウロ歩いた。
自分でもおかしくなってるな。
結局、初めに入れた場所にした。隠した、と言ってもいい。
さて、娘や息子に言うか。
スマートフォンを持つ。
娘の名前を表示する。
指を止めた。
まだ、本当に当たっていると確信できない。
銀行で確認してもらうまでは。
「言わないでおこう。」
その夜はほとんど眠れなかった、ということはなく、朝までぐっすりと眠った。
こんにちは。小説というものを初めて書いてみました。ほとんど夢想ですね。感想、ご意見いただければありがたいです。よろしくお願いいたします。
※ 本作品は「カクヨム」にも掲載しています。




