「訳なし」
自動車整備工場に勤める友人から聞いた話だ。
ある日、販売用の車が新しく入ってきた。状態も悪くなく、「これならすぐに売れるだろう、明日にでも整備してしまおう」とその日はそのままになっていた。
その日は仕事が少し長引き、友人は他の社員よりも遅く帰宅することになった。
誰もいなくなった静まり返った工場で、最後の見回りをしながら明かりを消し、出口へ向かおうとした時だった。
――「おーい、開けてくれ」
背筋が凍るような声が聞こえた。
声の主は、その日に入ってきたばかりの例の車からだった。
「まさか、誰かが入り込んだのか……?」
驚きながらも恐る恐るトランクルームに近づくと、間違いなく中から声が響いてくる。
「おーい、開けてくれ……」
焦った友人はすぐに事務所へ走り、工具を持って車に戻ると、意を決してトランクルームの鍵を開けた。
しかし、中は――空っぽだった。
「なんだったんだ……?」
生温い空気だけが鼻を突く。得体の知れない気味悪さに足がすくんだが、中は何もいない。そう自分に言い聞かせ、その日は逃げるように帰宅した。
翌日、出社してすぐに上司に尋ねた。
「あの、昨日入ってきた車って、何か訳アリなんですか?」
しかし上司は首をかしげ、「いや、別になんもないけど?」と答えるばかりだった。
その後、何事もなかったかのようにその車は整備され、どこかへ出荷されていった。
「購入者からクレームもないし、やっぱり俺の気のせいだったのかなぁ」
友人はそう言って笑っていたが、本当にそれだけなのだろうか。
『隙間奇談 ~日常の「すきま」に潜む、奇妙な短編集~』をお読みいただきありがとうございます!
毎日20時に更新しておりますので、明日もぜひお越しください。
また、別作品の中編ホラー『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』も連載中です。
『隙間奇談』とは一味違う、じっくり魅せるホラーとなっておりますので、こちらもあわせてお楽しみいただけたら幸いです!
▼『群青の嘘』はこちらから
https://ncode.syosetu.com/n5968mp/
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下部の【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると、執筆のモチベーションがものすごく跳ね上がります……!




