「はーい」
叔母が小さかった頃の話。
土曜日の授業が終わり、家に戻った叔母は、前日の残りのカレーを温めて昼食の準備をしていた。
すると、玄関のドアがバタンと開く音が響いた。
タタタッと慌ただしく走る足音が聞こえ、そのまま廊下の奥のトイレへと駆け込んでいく。
弟が学校から帰ってきたのだと思い、キッチンから声をかけた。
「カレー温めてるけど、食べる?」
「はーい」
トイレの中から、元気な返事が返ってきた。
ところが、しばらく待っても弟は出てこない。
「先に食べてるよー」
「はーい」
「お腹痛いの?」
「はーい」
「大丈夫?」
「はーい」
何を言っても、間髪入れずに「はーい」としか返ってこない。
心配ではあったが、本人も大丈夫と言うので、叔母は先にカレーを食べ始めることにした。
すると、玄関のドアが開き、元気な声が響いた。
「ただいまー!」
カバンを放り投げ、弟がリビングに駆け込んできた。
「あ、ズルい! 俺の分は?」
「もうよそってあるよ」
「珍しい! 気が効くじゃん」
弟は嬉しそうにカレーを平らげ始める。
その様子を不審に思った叔母が尋ねた。
「お腹、もう痛くないの?」
「は? 痛くないよ」
「さっきトイレ入ってたでしょ?」
「入ってないよ。今、学校から帰ってきたんだし」
ゾッとした叔母は、すぐに廊下のトイレへ向かった。
「誰か入ってるの?」と声をかけるが、返事はない。
意を決してドアノブを回すと、鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。
当然、狭いトイレの中には誰もいなかった。
あの機械的で抑揚のない「はーい」という声だけが、しばらくの間、叔母の耳から離れなかったそうだ。




