「髪を洗う手」
いつものように帰宅し、食事を済ませ、いつものようにお風呂に入る。
湯船に浸かって疲れをとり、それから髪を洗うために頭に泡を立てた。
ゴシゴシと両手で頭をこすっていたが、ふと、違和感を覚えた。
何かがおかしい。
動きを止めてみる。けれど、頭頂部にはまだ、ゴシゴシと髪をこする感触が残っている。
私の右手と左手の間に、もう一本、別の手が紛れ込んで、私の頭を洗っているのだ。
悲鳴を上げる余裕すらなかった。後ろを振り返る勇気なんて、あるはずもない。
幸いにも正面の鏡は湯気で曇っていて、私の頭の上にある「それ」は見えずに済んでいる。
私は震える手でシャワーを掴み、一気に泡を洗い流した。
すると、その手はスッと離れ、気配は消えた。
それでもまだ、後ろを向くことはできない。冷静さを取り戻そうと、私は背を向けたままもう一度湯船の中に体を滑り込ませた。
少し気持ちは落ち着いたものの、どうしても後ろを向く踏ん切りはつかない。
結局、私はそのまま後ろ向きの姿勢のまま、お風呂場を後にした。
何の解決にもなっていない。けれど、当時の私には、それ以外の方法など思いつかなかったのだ。
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