『審問』
「……何だこれは」
林が、眉をひそめる。
だが、受け取る。
その瞬間。
『初めまして、林一男』
声が、流れた。
林の表情が、一瞬で変わる。
「誰だ」
『質問するのはこっちだ』
冷たい声。
逃げ場を奪う声。
『お前は結婚しているな』
「……それがどうした」
『妻子がいる』
沈黙。
『だが』
一拍。
『八ヶ月前から、部下の柴山直美と関係を持っている』
空気が、凍る。
「……は?」
林の声が、わずかに揺れる。
『否定するか?』
数秒。
長い沈黙。
周囲のざわめきが、遠のく。
徹は、ただ見ている。
林の顔を。
その変化を。
「……何の話だ」
低い声。
だが。
目が、泳いでいる。
『答えろ』
命令。
『嘘をついたら撃つ』
林の喉が、動く。
「……証拠はあるのか」
『必要ない』
一拍。
『お前の“声”で判断する』
静寂。
逃げ場はない。
林は、唇を噛んだ。
そして。
「……ああ」
「……関係は、ある」
沈黙。
林の喉が、動く。
低く、吐き出すように。
「それは……認める」
徹の目が、わずかに細くなる。
――逃げなかった。
男が言う。
『では次だ』
一拍。
『妻と、その女』
静かな声。
『どちらを愛している?』
空気が、変わる。
ざわめきが遠のく。
林の顔が、歪む。
「……そんなの……」
『答えろ』
命令。
『嘘をついたら撃つ』
長い沈黙。
林の視線が揺れる。
そして。
「……妻だ」
絞り出す。
「俺は……妻を愛してる」
その瞬間、男が呼ぶ。
『桐生』
心臓が、わずかに跳ねる。
『お前に聞く』
『今のは、本当か?』
『それとも、嘘か?』
男が、静かに言う。
一拍。
世界が、止まる。
選択。
まただ。
だが、今度は――
自分の命じゃない。
他人の。
林の視線が、刺さる。
「……」
「……」
徹は、見つめ返す。
この男は。
あの時。
自分を疑っていた。
見下していた。
冷たい目で。
決めつけていた。
そして今。
同じ位置にいる。
追い詰められている。
“声”を試されている。
――滑稽だ。
ほんの少しだけ、笑いそうになる。
「……嘘だな」
口が、勝手に動いた。
「そんな話、信じるかよ」
林の目が、見開かれる。
『……ほう』
男が、低く笑う。
『興味深い回答だ』
その瞬間。
林の額に――
赤い点が、灯った。
「……っ!?」
林が、息を呑む。
赤い点を見て徹が叫ぶ。
「待て、違う――」
言葉は、最後まで続かなかった。
――パシィッ!!
乾いた音。
林の体が、崩れる。
その場に、倒れる。
動かない。
血が、ゆっくりと広がる。
周囲が、悲鳴で満ちる。
だが。
徹は、動かない。
ただ、見ている。
『……いいな』
男の声が、静かに響く。
『やっぱり、お前はいい』
一拍。
『判断が、綺麗だ』
徹は、何も言わない。
言う必要がない。
『次は、もっと面白くなる』
ざわめきが、遠い。
『準備しておけ』
通話が、切れる。
静寂。
混乱。
悲鳴。
だが。
徹の中だけが、静かだった。
足元の死体。
血。
現実。
それを見下ろしながら――
徹は、ゆっくりと呟いた。
「……そうか」
小さく。
本当に、小さく。
「こういうゲームか」
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