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『本当の声』

 00:54

 00:55

 時間が、削れていく。

 美咲の呼吸が荒い。

 妻の無言が、スピーカー越しに重くのしかかる。

 そして、あの男は何も言わない。

 待っている。

 “声”を。

「……俺は」

 徹の喉が、ようやく動いた。

「俺は……最低な人間だ」

 美咲が息を呑む。

 妻は、何も言わない。

 00:57

 00:58

「……浮気は、初めてじゃない」

 ざわめきが、遠くで揺れる。

 だがこの場所だけ、時間が濃く淀んでいる。

「三人……いや、もっとだな」

「……え?」

 美咲の声が、崩れる。

「お前だけじゃない。誰にも本気じゃなかった」

「やめて……」

 首を振る。

 だが、止まらない。

 止められない。

「楽だったんだよ。バレなきゃいいって思ってた。家庭も、仕事も、全部」

 00:59

 妻が、静かに言った。

『……それが、本音?』

 その一言で、何かが切れた。

「違うな」

 00:60

 カウントが、止まった。

 だが――撃たれない。

 赤い点も、動かない。

 徹は、ゆっくりと息を吐いた。

「それは“言い訳”だ」

 自分でも驚くほど、声は静かだった。

「本当はな……」

 目の前の美咲を見る。

 震えている。

 崩れそうな顔で、こちらを見ている。

 スマホの向こうには、妻がいる。

 帰る場所。

 守るべきもの。

 ――だったはずの場所。

「俺は」

 言葉が、はっきりと落ちる。

「誰のことも、どうでもいい」

 沈黙。

 街の音が、一瞬だけ遠のいた気がした。

「家庭も、お前も、全部だ」

 美咲の目が見開かれる。

 涙が、ゆっくりと零れた。

『……徹』

 妻の声が、低くなる。

「俺はな」

 徹は続ける。

「“失いたくない”って思ったことがないんだよ」

 自分で言って、理解した。

 これが――本音だと。

「バレたら終わるなって思うだけで、守りたいとか、愛してるとか、そういうのは……一回もなかった」


 美咲が、かすれた声で言う。

「嘘、だよね……?」

 徹は、首を横に振った。

「いや」

 はっきりと。

「これが本当だ」

 スピーカーの向こうで、何かが落ちる音がした。

 妻だろう。

 何かを、取り落とした。

 その音だけで、十分だった。

『……そう』

 短い声。

 それ以上、何も言わない。

 通話は、切れない。

 ただ、そこにいる。

 聞いている。

 終わりを。

 美咲の手が、離れた。

 一歩、後ずさる。

「……最低」

 小さく、呟く。

「本当に……最低」

 だが。

 徹の胸は、不思議と軽かった。

 初めて、何も隠していない。

 何も取り繕っていない。

 ただ、言っただけだ。

 自分を。

 その時。

『……いいな』

 男の声が、戻ってきた。

 ぞくり、と背筋が震える。

『今のは、良かった』

 楽しげだ。

 本当に、楽しそうに笑っている。

『やっぱりな。人間は追い詰めないと、本当の声を出さない』

 赤い点が、ゆっくりと動く。

 美咲の胸から、離れ。

 再び――徹の額へ。

「……終わりか?」

 徹が言う。

 妙に落ち着いていた。

『いや』

 男が答える。

『ここからが、本番だ』

 嫌な予感が、全身を走る。

『テストは合格だ』

 一拍。

『だから――選ばせてやる』

「……何を」

『簡単だ』

 男の声が、わずかに歪む。

『どっちを、撃つ?』

 心臓が、止まる。

『お前か』

 赤い点が、額で揺れる。

『それとも――』

 ゆっくりと、横に滑る。

 美咲の胸へ。

『この女か』

「……は?」

『一発で終わる。楽な方を選べ』

 静かな声。

 だが、その奥に狂気がある。

『十秒やる』

 カウントが、再び始まる。

『十』

 ありえない。

『九』

 ふざけている。

『八』

 だが、撃たれる。

 それは分かる。

『七』

「待て……」

 声が漏れる。

『六』

 選べと?

 自分か、他人か。

『五』

 そんなの――

『四』

 決まってるはずだ。

 普通なら。

『三』

 だが。

 徹は、気づいていた。

 さっきの“声”を聞かれている。

『二』

 これは。

 ただの選択じゃない。

『一』

 試されている。

 ――“本当の人間”を。

「……俺は」

 徹が、口を開く。

もしも気にいってもらえたら


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