『二つの声』
00:14
カウントは、止まらない。
新宿の喧騒の中で、桐生徹だけが別の時間に閉じ込められていた。
スマホのスピーカーから、男の呼吸音だけが静かに響く。
『残り、四十六秒』
その直後。
――ブブッ、と。
もう一つのスマホに着信が、ポケットが震えた。
スマをみると表示は「妻」。
見間違いじゃない。
自宅にいるはずの、あの女からの着信。
「……っ」
喉が詰まる。
出れば、すべてが終わる。
出なければ――何かが、もっと悪くなる。
『出ろ』
男が言った。
短く、確定事項のように。
『スピーカーのまま、通話を繋げ』
「……ふざけるな」
かすれた声が漏れる。
「これ以上、何をさせる気だ……」
『決まってるだろ』
一瞬の沈黙。
『“本当の声”を聞く』
00:18
00:19
時間が削れていく。
美咲が、不安そうに徹の腕を掴んだ。
「ねえ……本当にどうしたの? 怖いよ……」
その言葉に、胸が締め付けられる。
だが――
赤い点は、動かない。
美咲の心臓を、正確に捉えたまま。
『あと四十秒だ』
男が告げる。
『選べ』
逃げ場はない。
徹は震える指で、画面を見つめた。
鳴り続ける着信。
妻。
家庭。
嘘。
すべてが、この一台の中に詰まっている。
「……くそっ」
指が、動いた。
通話を――
接続する。
プツッ、と音がして。
回線が繋がった。
『いい判断だ』
男が、満足げに呟く。
すぐに。
別の声が、スピーカーから流れ出た。
『……もしもし?』
女の声。
聞き慣れた、冷えた声。
妻だ。
『徹? 今どこにいるの?』
心臓が跳ねる。
何も知らない声音。
だが、次の言葉で――
それが崩れた。
『さっき、知らない番号から電話があったの』
背筋が凍る。
『面白いことを聞いたわ』
空気が、重くなる。
『あなた、今……新宿にいるのね?』
「……っ」
言葉が出ない。
視界の端で、美咲が固まる。
『しかも――』
妻の声が、わずかに震えた。
『女と一緒』
沈黙。
逃げ道が、完全に消えた。
『徹』
低い声。
『説明してくれる?』
00:27
00:28
時間だけが進む。
『さあ、桐生』
男の声が重なる。
『最高の舞台だ』
徹の頭が、真っ白になる。
妻と。
愛人と。
殺し屋。
三つの視線に、同時に見られている。
『どちらに、どんな声を聞かせる?』
その瞬間。
美咲が、震えながら口を開いた。
「……徹さん?」
不安と、疑念と、恐怖。
すべてが混ざった声。
そして。
妻の声も重なる。
『誰、その女』
逃げられない。
嘘も、沈黙も、許されない。
00:34
00:35
赤い点が、わずかに揺れた。
まるで、引き金に指がかかった合図のように。
『残り、二十五秒』
男が告げる。
『さあ――』
静かに、楽しむように。
『聞かせてみろ』
徹の喉が、ようやく動いた。
乾いた空気を、無理やり吸い込む。
そして――
「……俺は」
声が、震える。
だが。
止まらない。
「俺は――」
00:41
00:42
その時。
男が、ぽつりと呟いた。
『いいな』
ゾッとするほど、穏やかな声で。
『やっぱりお前を選んで正解だった』
理解が追いつかない。
だが。
次の一言で、すべてがひっくり返る。
『ちなみに』
ほんの軽い調子で。
『俺は最初から――お前のことを知ってる』
心臓が止まる。
『会社も、家も、癖も、全部だ』
00:47
00:48
カウントが迫る。
逃げ場は、もうない。
『さあ』
男の声が、最後に落ちる。
『“お前の人生”を、選べ』
赤い点が、わずかに上下する。
狙いを定めるように。
妻の呼吸。
美咲の震え。
街のざわめき。
すべてが、遠ざかる。
00:52
00:53
そして――
徹は、決断する。
その一言を。
口にした。
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