表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

『新宿、午後六時三十分』

 午後六時三十分。新宿駅東口、アルタ前。

 人の波が絶えず流れ、笑い声、怒号、電子音、音楽が混ざり合い、巨大なノイズとなって街を満たしていた。


 ――その中で、ただ一人。

 桐生徹だけが、世界から切り離されていた。


「……遅いな」


 腕時計を見て、舌打ち。

 三十分の遅刻。不倫相手の美咲だ。

 予約したフレンチ。妻には嘘をついた。

 “俺を待たせるなよ”

 そんな苛立ちを押し殺し、スマホを取り出す。


 ――震えた。

 画面には「非通知設定」。


「……チッ。美咲か?」


 迷う理由もなく通話ボタンを押す。


「おい、遅いぞ。今どこ――」


『動くな』


 低く、機械のように平坦な声。


『そのまま、一ミリも動かずに前を見ろ』


「……は?」


 意味が分からず、苛立ちが先に立つ。


「誰だよ。ふざけ――」


『左胸を見ろ』


 命令だけが落ちてくる。

 徹は反射的に視線を落とした。


 ネイビーのスーツ。

 その左胸に――


 赤い点。


「……なんだ、これ」


 指で払おうとした瞬間。


『動くなと言ったはずだ』


 パシィッ――。

 足元のアスファルトが弾け、破片が靴に当たる。


 だが、周囲の誰一人として気づかない。

 ここで何が起きているのかを。


「……っ」


『次は外さない』


 淡々とした声。


『三十八口径。距離三百メートル。風速、問題なし。……お前の心臓まで一直線だ』


 赤い点が胸から喉へ、そして眉間へと移動する。


 呼吸が止まる。


「な……何が目的だ。金か? 払う。いくらでも――」


『いらない』


 即答。


『俺が欲しいのは、お前の“声”だ』


「声……?」


『通話を切れば、お前の頭は砕ける』


 徹は言葉を失った。


『叫ぶな。逃げるな。誰にも助けを求めるな』


 街は騒がしいのに、自分だけが透明な箱に閉じ込められたようだった。


『さて――テストをしよう』


 声がわずかに楽しげに歪む。


『お前の正面。ベージュのコートの女が来る』


 視線を上げる。

 ――いた。


「徹さん!」


 美咲が駆けてくる。

 息を切らし、笑顔で。


「ごめんなさい、電車が――」


「来るな!」


 徹の叫びに、美咲が固まる。


「……え?」


 その瞬間、赤い点が移動した。

 徹の眉間から――美咲の胸へ。


『いい女だな。だが可哀想だ。お前のことを何も知らない』


「やめろ……」


『不倫相手が三人いることも、な』


 美咲の表情が凍る。


『今から、彼女に全部話せ。スピーカーにしろ。嘘をついたら――』


 一拍。


『彼女を撃つ』


「……っ」


「徹さん……誰と話してるの?」


 美咲の震える声。

 守るべき存在のはずなのに、徹の喉は乾いて声が出ない。


『十秒』


 カウントが始まる。


『十、九――』


 街の音が遠ざかり、自分の鼓動だけが響く。


 赤い点は、美咲の心臓に固定されたまま。


「待て……!」


 震える指でスピーカーに切り替える。


『三、二、一』


 カウントが止まる。


『さあ――お前の“本当の声”を聞かせてみろ』


 徹は口を開く。

 だが声が出ない。


 その時。

 スマホの画面が変わった。


 通話時間「00:00」が――

 ゆっくりと「00:01」に動き出す。


『これはゲームだ、桐生。制限時間は一分』


 心臓が跳ねる。


『時間内に“満足する声”が聞けなければ――』


 一瞬の沈黙。


『お前も、女も、ここで終わりだ』


 00:05

 00:06

 00:07


「……徹さん?」


 美咲の声が震える。


『残り四十五秒』


 その瞬間。

 徹の仕事用のスマホにもう一件の着信。


 表示された名前を見た瞬間、徹の顔から血の気が引いた。


 ――「妻」



もしも気にいってもらえたら


☆で評価お願いします。


もちろん、ブックマーク、感想などもお待ちしています。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ