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『残された時間』

 屋上の空気は、冷え切っていた。

 風が、血の匂いを運ぶ。

 足元には――三つの死体。


 耕史。  祐子。  香織。

 すべて、頭を撃ち抜かれている。


 そして。

 立っているのは、二人だけ。

 柴山直美と――徹。


 銃口は、まだ下がらない。

 まっすぐに。

 徹へ向けられている。

「……終わりだな」

 柴山が、低く言う。


 その声は、震えていた。

 怒りか。  悲しみか。  それとも――空虚か。


 徹は、何も言わない。

 ただ、見ている。

 その目を。

 その時。

 柴山が、ゆっくりとスマホを取り出した。

 スピーカーにする。


 そして――

 徹との間に、蹴り滑らせた。

 コンクリートの上を、スマホが滑る。

 二人の間で、止まる。


 沈黙。


 次の瞬間。

『柴山直美』

 スマホからあの声。

 変わらない。

 冷たい、平坦な声。

 柴山の肩が、びくりと揺れる。


『次は』

 一拍。

『桐生の両足の太腿を撃て』

 その命令は、あまりにも淡々としていた。

 だが。

 柴山は、迷わなかった。

 引き金にかかった指が――

 即座に、動く。

 ――パシィッ!!

 乾いた銃声。


「……っ!!」

 徹の体が、弾ける。

 左の太腿。

 血が、噴き出す。

 遅れて、激痛。

「が……っ!!」

 声にならない叫び。

 体が、崩れる。

 膝が折れる。


 だが――

 終わらない。

 ――パシィッ!!

 二発目。

 今度は右の太腿。

 同じ場所。

 同じように、撃ち抜かれる。


「ぁ……ああ……!!」

 徹の視界が、揺れる。

 そして、地面に倒れ込む。

 コンクリートの冷たさ。

 血の温かさ。

 両方が、同時に広がる。


 足の感覚が、消えていく。

 ただ、痛みだけが残る。

 血が、止まらない。

 広がっていく。

 どんどん。

 どんどん。


『いいな』

 声が、落ちてくる。

 楽しむように。

『よくやった、柴山』

 柴山の呼吸が、荒い。

 だが、銃はまだ落とさない。

『約束通りだ』

 一拍。


『お前の娘は解放する』


 その言葉に。

 柴山の肩が、大きく揺れた。

「……本当……にか?」


 かすれた声。

『ああ、嘘はつかない』

 即答。


 だが――

『だから』

 声が、少しだけ低くなる。

『最後の仕事だ』

 空気が、凍る。


『銃口を、自分の口に入れろ』


 沈黙。


 時間が、止まる。

『そして』

 一拍。


『トリガーを引け』


「……っ」

 柴山の手が、震える。

 銃を持つ手が。

 止まらない。


 だが。

 拒まない。

 ゆっくりと。

 本当にゆっくりと。

 銃を持ち上げる。

 口元へ。


 ためらいが、わずかに見える。

 だが。

 止まらない。


 徹は、倒れたままそれを見ている。

 止めることはできない。

 動けない。

 声も、出ない。

 ただ――見ている。


 柴山が、徹を見る。

 涙が、頬を伝う。

 何かを言いたげに。

 だが。

 何も言わない。


 そして。

 銃口を――口に入れる。

 一瞬の静寂。


 風の音。

 遠くの街のざわめき。


 そして。

 ――パシィッ!!

 鈍い音。

 柴山の体が、崩れる。

 その場に、倒れる。

 動かない。


 完全な、静寂。


 残ったのは。

 スマホと。

 血の海の中に倒れた――徹。

「……は……っ」

 呼吸が、浅い。

 視界が、ぼやける。

 意識が、遠のいていく。

 血が、止まらない。


 このままじゃ――


『さて』

 スマホから、声がする。

 あの男の声。

『大変だな、桐生。大量出血だ』

 淡々とした続ける。

『このビルは』

 一拍。


『早くても、明日の朝六時三十分まて人が来ない』


 徹は頭が、回らない。

 時間の感覚も、曖昧だ。


『あと、六時間』

 その言葉だけが、やけに重く響く。

『それまでに』

 一拍。


『お前が生きていれば』


 徹の呼吸が、乱れる。

 意識が、沈む。


『また連絡する』

 その一言。


 そして、静寂。


 風の音だけが、残る。

 血の匂い。

 冷たい空気。

 遠のく意識。


 徹は――

 ただ、倒れていた。

 終わりも、救いもないままに。


(完)


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