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第55話 正しく学んだ、ただ

 ロヴィスは、去ることになった。


 断罪は、なかった。


 彼は、罪を、犯していなかった。


 法にも、触れていない。


 ただ、正しく、間違えただけだった。


 裁けるものが、どこにもない、間違いだった。


 貴族たちは、手のひらを返した。


 昨日まで「現場が混乱している」と、彼を呼び寄せた同じ口で。


 今日は「彼のやり方は、危険だった」と言う。


 誰も、自分が招いたとは、言わなかった。


 招いた名は、書面に、残っているのに。


 誰も、それを、読み返さない。


 女は、それを、止めなかった。


 止めても、何も、変わらないからだ。


 人は、そういうものだ。


 責める相手を、いつも、探している。


 ……見つけると、少しだけ、安心する。


 安心した顔は、みな、よく似ていた。


「……お待ちを」


 女は、去り際のロヴィスを、呼び止めた。


 ロヴィスは、振り返った。


 憔悴した顔だった。


 眠れていない、目だった。


 誰よりも正しく学んだ男の、行き場のない顔だった。


「……何か」


「……一つだけ」


 女は、静かに言った。


「……あなたは、正しく、学びました」


「……」


 責める言葉では、なかった。


「……誰よりも、正確に、記録を読んだ」


 それは、世辞では、なかった。


「……綻びの在処を、見抜いた。……それは、才能です」


「……ですが」


 一拍。


「……目的を、取り違えました」


「……」


「……仕組みは、一人を、要らなくするためのもの」


 女は、続けた。


「……あなたは、それを。……一人を、要るものにするために、使った」


「……」


 同じ記録を、読んで。


 同じ綻びを、見て。


 行き着いた先だけが、逆だった。


「……次に、どこかで、また仕組みを作るなら」


 女は、彼を、まっすぐ見た。


「……そのことだけ、覚えておいてください」


「……」


 ロヴィスは、しばらく、女を、見ていた。


 それから――


 いつも浮かべていた、余裕の色は、もう、なかった。


 初めて、微笑みではない顔で、うなずいた。


「……あなたは」


 彼は、言った。


「……本当に、去るのですか。……この仕組みを、遺して」


「……ええ」


 迷いの、ない声だった。


「……遺せば、あなたの名は、残るのに」


 惜しむような、声だった。


 自分なら、そうする、と言いたげな。


「……名が残れば」


 女は、静かに言った。


「……そこに、依存が、生まれます」


「……」


 ロヴィスは、小さく、笑った。


 力の抜けた、笑いだった。


「……敵いませんね」


 そう言って、彼は、去っていった。


 もう、振り返らなかった。


 女は、その背を、見送った。


 最後まで、名乗らないまま。


 線の細い背が、通りの向こうへ、消えていく。


 行き先は、聞かなかった。


――


「……あの男を、招いたのは」


 カイルが、横に立って、言った。


「……財務の、貴族筋だ」


 名は、挙げなかった。


 挙げても、盤は、変わらないからだ。


「……"効率化"の名目で。……だが、本当の狙いは、別だろうな」


「……ええ」


 女は、うなずいた。


「……命令権の、制限を、戻したかった」


「……一人に集める仕組みができれば」


 カイルが、続ける。


「……いずれ、その一人を、王家が、握ればいい」


「……そうすれば、王族の命令権は、また、絶対になる」


 昔に、戻るだけだ。


 何も、変えずに済む者たちが、それを、望んでいる。


「……ロヴィスは、その、駒でした」


「……」


「……気づいていて、使わせたのか」


 カイルが、問うた。


「……いいえ」


 女は、静かに言った。


「……今は、駒を、退けただけ」


「……盤は、まだ、動いています」


 勝った、という顔は、しなかった。


「……いつか、また、別の駒が、来ます」


「……その時に、崩れない形を、作っておく」


 一拍。


「……それだけです」


 カイルは、それ以上、聞かなかった。


 盤の上には、まだ、退けていない手が、いくつも残っている。


 女は、それを、知っていた。


 知った上で、去ろうとしていた。

ロヴィスの退場。断罪はありません。彼は、正しく学び、ただ目的を取り違えただけでした。リディアは、去り際に一言だけ残します。

そして、彼を招いた財務の貴族筋の、本当の狙い――命令権の制限を、戻すこと。ロヴィスは、その駒でした。

盤は、まだ動いています。いつか、また別の駒が来る。その時に崩れない形を、今、作っておく。(この火種は、第2部では閉じません)

次話、二人の話です。

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