第54話 誰でも通せる
それから、流れは、静かに、変わっていった。
現場は、少しずつ、自分の端を、自分で、直すようになった。
東棟の来客係が、席の余りを、自分で吸った。
厨房の古参が、仕入れの遅れを、隣区画に、頭を下げて借りた。
間違いも、あった。
けれど、記録に、名が残るから、次の者が、直せた。
誰が、どこを直したか。……紙を捲れば、辿れる。
誰かが直した綻びは、もう、一人のところへ、戻ってこなかった。
ロヴィスの机から、案件が、減っていった。
彼が、暇になった、からではなかった。
彼を、通す必要が、なくなった、からだった。
「……おかしい」
ロヴィスは、記録を、捲った。
一枚。
また一枚。
どこにも、破綻は、なかった。
むしろ、以前より、綻びは、早く、消えていた。
ただ、そのどれにも、彼の名は、なかった。
「……私が、いなくても」
彼は、呟いた。
「……回っている」
「……ええ」
声がした。
女が、扉の前に、立っていた。
いつから、そこにいたのか。
「……あなたが、握っていた結節は」
女は、静かに言った。
「……いつのまにか、誰でも、通せる形に、なっています」
「……」
「……あなたは、優秀です。……誰よりも、正しく、記録を読んだ」
「……ですが、あなたが優秀であればあるほど、現場は、あなたに、頼りました」
一拍。
「……そして、頼られたあなたは、潰れるまで、抱え込む」
「……それが、単一点です」
「……」
ロヴィスの手が、止まった。
束の、ちょうど半ばで。
「……私は」
彼は、絞り出すように、言った。
「……この仕組みを、完成させたかった」
「……ええ」
「……誰が見ても、正しく、動く形に」
ロヴィスは、続けた。
「……綻びが、記録に残り、責任が、明らかになる形に」
「……あなたは、それを、私を、一人に据えることで、成そうとした」
女は、静かに言った。
「……ですが、正しさを、一人に集めた瞬間」
一拍。
「……それは、その一人への、依存に、変わります」
「……」
「……私が、そうでした」
女は、目を伏せた。
「……私も、かつて、正しかった。……速くて、正確で、誰よりも、うまくやった」
「……そして、いなくなった途端、王宮は、止まった」
誰も、私の抱えていた端を、知らなかったから。
女は、静かに続けた。
「……正しい一人ほど、危険です」
「……周りが、考えるのを、やめるから」
「……」
ロヴィスは、しばらく、黙っていた。
窓の外で、鐘が、鳴った。
それから、記録の束を、静かに、机に置いた。
「……私は」
彼は、言った。
「……もう、要らないのですね」
「……ええ」
女は、あっさりと、答えた。
「……ですが、それは」
一拍。
「……あなたが、無能だから、では、ありません」
「……」
「……誰も、要らない形に、なったからです」
女は、机の束に、目をやった。
「……あなたも、私も、含めて」
単一点が、解けました。ロヴィスは、無能だから不要になったのではありません。誰も要らない形に、仕組みがなったからです――リディア自身も、含めて。
「正しい一人ほど危険」。周りが考えるのをやめるから。それは、第1部でリディア自身が証明したことでした。
第1部の"代替不能"の、ちょうど裏返し。今度は、"誰でも代替可能"が勝ちました。
次話から、Block D――着地です。




